
さんきゅう倉田です。勉強や受験と疎遠な人生を歩んできましたが、一念発起して東京大学に入りました。みなさんは東大生にどのようなイメージを持っていますか。
東大に合格して最初の年末。20年来の友人と会ったら、「やっぱり東大生って変なの?」と聞かれました。テレビのバラエティでは「変」という言葉からもはみ出してしまう特殊な東大生が活躍しているし、東大生と出会った人々は口々に、「変わっている」とか「東大生なのに仕事ができない」などと言うかもしれません。
実際に東大生は「変」なんでしょうか。そもそも「変」とはなんなのか。
▶東大にいい人が多い納得の理由東大生、それは素晴らしい人々
筆者が東大受験を決めた20個の理由のうちのひとつに、「出会った東大生が良い人だったから」がある。主に、吉本の同期のさわいくん(灘中高→東大)の影響であるが、様々なことを学ぶと他人に優しくなれる、寛容になれる、余裕が生まれるという仮説を持って、そのような人間になるべく東大を目指した。
実際、東大に入ると良い人が多いなと思う。
他人の悪口を言う人が非常に少ないし、無害な人が多い。他人のために積極的に身を捧げるような優しさはないが、無害でおとなしいから一般に「優しい」と扱われる人間が多いと感じる。
また、論理的に矛盾したことをしたり、ミスをしたりする人間が少ないので、注意したり怒ったりしなくて良い。その環境が、人を優しくて良い人間に育む。
ここで例え話をする。
▶シゴデキな東大生はバイト先で浮いてしまうダメな人間に注意する東大生が評価されるとは限らない
ある東大生がファーストフード店でアルバイトを始め、1年経ってリーダーのポジションとなり、後輩たちを指導することになった。後輩たちは事前に読むように言われたマニュアルを読んでいないし、丁寧かつ具体的に教えた調理の手順を守らないし、許容できないほど仕事が遅いし、禁止事項を平然と実行する。
東大生はそのような振る舞いを理解することができず、後輩たちをいくどとなく注意する。そのふてくされた態度に怒りを露わにすることもある。後輩たちは、休憩室で恋愛やはやりのYouTuberの話を楽しそうに話すが、東大生はそこには加わらない。東大生が発話するのは、何かを教える時と注意する時だけである。
そんな東大生を、後輩たちは疎ましく思うだろう。東大生は店の雰囲気に耐えられなくなって、いつしかそのファーストフード店を辞めてしまう。
さて、このような環境で、東大生は決して良い人間として扱われないだろう。むしろ嫌われ者かもしれない。東大にはこのような理不尽や非効率がない。論理的な正しさがあれば、誰もが快適に過ごすことができる。
筆者が東大受験を薦める理由の一つである。しかし、極まれに、優しさの欠片もない人間がいる。
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