今や「推し」という言葉を知らない人はいないと思います。今年20周年を迎えるAKB48が「会いに行けるアイドル」と打ち出したのは推しブームの分水嶺の一つでしたが、それ以前のアニメ・同人文化、韓流ブーム、70年80年代アイドル文化、もっと遡れば江戸期の浮世絵も言うなれば「推し活」。いわば私たちは歴史的に「推し続けている」のかもしれません。
同世代、40代50代働く女性たちは「なぜ推すのか?」「推して得るものとは?」
それぞれの背景を聞いてみたら、意外な「理由」と世代のドラマが見えてきました。連載1回目はこのSNS時代ならではの方法で「つながり」を楽しむ57歳女性が語ります。
【私たちが「推す」理由】#1
◆マリコさん 57歳
東京都在住。自営業、53歳の夫・21歳の長男・18歳の長女
「寂しいからハマってるわけじゃないですよ」…では、きっかけは?
「母が私と同じくらいの歳の頃、韓国ドラマにハマっているのを冷ややかな目で見ていました。『何、そんなのにハマっちゃって!』と。まさか、自分が同じように、いや、それ以上にはまるとは思っていませんでした。でも、今はわかります。母は人生の楽しみ方を知っていたんだな、と」。
こう語るのは、韓国俳優推しのマリコさん(仮名)。子育てが一段落した時期に韓国ドラマとの出会いをきっかけに、「推し活」が日常に入り込みました。
もともとエンタメが好きで日本のドラマ通だったマリコさん。「日本のドラマの方がおもしろいのに、なんで韓国ドラマに、みんなハマっちゃうんだろう……」そう思っていたと言います。
しかしコロナ禍のある日、友人に韓国ドラマ「愛の不時着」を勧められます。
「正直、韓国ドラマに興味がなかったのですが、コロナで家にいる時間があったこともあり、暇つぶしくらいの感覚で、見てみようかな……というノリでした」
が、本当に何気なく見た韓国ドラマで、そのクオリティの高さに衝撃を受けます。奇想天外な展開があり、とにかくおもしろくて、目新しい。出演俳優がみんなかっこよく、きれいで、演技もすばらしい。特に主演俳優のヒョンビンがとても素敵で、一瞬でとりこになったと言います。
1日5~6時間は韓国ドラマを見る…こんなに熱中してハマれるものがまだ人生にあっただなんて!
すかさずヒョンビンの過去の作品を遡って見始めます。ヒョンビンだけでなく、どんどん配信される話題の新作や名作と言われる過去作も平行して見ていきました。どれもおもしろくて、夢中に。韓国ドラマの視聴本数が増えるに従い、好きになる俳優もどんどん増え、その数だけ過去作を見る数も増えていきます。この、韓国ドラマならではの「供給の豊富さ」は「捕まえる」技術だと言えます。1作品見て終わりにならないよう仕掛けるには、とにかく「量」が必要なのですね。
「最盛期には、1日5~6時間以上は韓国ドラマを見ていました。家族が起きる前の早朝から見ることも。最初はNetflixとAmazonプライムだけだったサブスクも、韓国ドラマを見るためにU-NEXT 、ディズニープラスなどにも加入。視聴が追い付かない状態が今も続いています」。
家族からは「お母さん、また見てる!」と言われることもありましたが、以前よりも楽しそうにイキイキしている、と温かく見守ってくれているそう。このような変化もあり、マリコさんの韓国俳優への熱は高まり、韓国ドラマを見るだけから、俳優を推す活動に移行していきます。
この「推す」という行動について、認知科学の視点から推し活研究をしている愛知淑徳大学の久保(河合)南海子先生によると、ファンと推しの違いは、能動的な行動があるかどうかだと言います。
対象となる人(物)がとても好きで熱心に応援しているという点は同じです。しかし、単なるファンは、心の中で好きと思うだけ、癒しを得るだけという受動的なもの。一方で、推しは、好きの熱量の違いもさることながら、積極的に行動をする。つまり外への働きかけがあるということ。
まだまだ自粛下の東京だったが、思い切って「ファンミーティング」に参加してみたら…
さて、マリコさんが東京でのファンミーティング開催を知ったのは2021年ごろ。まだまだコロナ禍、日本では人との接触に注意をしている人も多く、イベントの開催も自粛ムードから抜け切れていない時期でした。そんな空気感に嫌気がさしていたこともあり、マリコさんは参加を決めます。
ドキドキしながら参加した会場では、こんなに近くで見られるんだ、思い切って会いに来てよかったと心を震わせたそうです。
「ファンミーティングは、俳優の素顔が見られる場所です。作品やプライベートについてのトークや質問コーナー、ファンをステージにあげてゲームをしたり、プレゼント抽選会などがあったりします。会の終わりには、『お見送り』といって、俳優が会場の出口で待っていてくれて、至近距離で会うこともできます」
勝ち残った人がステージに上がるじゃんけんゲームに参加したマリコさん。
「なんと私、勝ち残っちゃったんです。500人ぐらいの頂点に!」
ビギナーズラックです。ステージ上で好きな人を身近で見ながら、ゲームをして、チェキでツーショット写真を撮って、サインをもらうという夢のような幸運を手に入れます。これで味をしめてしまい、それ以来、またこんなチャンスがあるかもしれないと、淡い期待を抱き、ファンミーティングに参加しているのだとか。
直接会うと、やはり生ですからかっこいいし、人柄もわかると「いい人だな」と好感度も上がります。
「よく『推し活って疑似恋愛でしょ、寂しいの?』みたいに揶揄する人がいます。そういう人もいるけれど、そうでない人も多いんです。私の周囲は特に。全員が自分より20歳も30歳も下の男性にガチ恋しているわけではないんです、例えばペットの犬や猫に感じる愛情って恋愛じゃないでしょ?」
良い作品に出て、良い演技をしてもらいたい、俳優としての成長を応援したいという気持ちは、例えると「オンマ(お母さん)みたいなファン」とのこと。
「疑似恋愛を楽しんでいる人もいますが、熱愛報道に翻弄されたりして、つらくなりそう。私はそういう感じではないですね」
もう知りたい気持ちは止まるところを知らず、ついには韓国語の本格学習を開始
最初の推しを起点に推し活動を広げることを「末広がり推し」と呼びますが、マリコさんもこの末広がり推しとなり、行動も拡大していきます。なんと、オープンカレッジで韓国語を学び始めたのです。
「ファンミーティングでは、通訳が入るのですが、そうなるとワンクッションあるので、ニュアンスがわからないことがあり、これを克服したかった。もう一つの理由は、ファンミーティングの最後に推しがハイタッチで見送ってくれる場面があるのですが、そのときに『すごい好きです!』とか『頑張ってください!』など、とっさの一言をささっと言えたらなあと」
オープンカレッジに通い始めてもうすぐ2年。はじめは7人だった生徒が今では24人に。クラスのほとんどが同世代の女性で、BTSなどK-pop、韓国ドラマ好きから推し活が末広がった人たちです。5月には語学仲間と一緒に韓国へ。「同じ興味関心がある仲間との旅行は最高」活動はどんどん外へと拡大し、人との出会いも増えていきます。
本記事ではマリコさんが「推し始めるまで」と「推し初期」の軌道を伺いました。このあとSNSでコミュニティと接触、拡大する様子は関連記事でご覧いただけます。
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