「私はADHD気質の子どもだった」と振り返るのは、内科医師で小説家の香川宜子氏。小学生のころは学習障害があり、ご両親をずいぶん悩ませたそうです。苦労しながらも徐々に勉強が得意になり、とうとう医師になることができました。
その後結婚し、生まれた娘さんにも発達障害がありました。香川氏は、今度は母目線で発達障害と向き合うことに。一体どのような育て方をすることにしたのでしょうか?
著書『「できんぼ」の大冒険 発達障がい・学習障がいの勉強スイッチ』(徳間書店)から抜粋・編集してご紹介します。
「娘には、自分のように発達障害で苦労させたくない」悩んで出した答えとは?
私は29歳で結婚して、そのうち子どもも生まれた。2700グラムといういわゆる低出生体重児の小さな女児だった。私は15キロも体重が増えたのに子は小さかったので、生まれても私の体重はさほど減りもしなかった。
小さな赤ちゃんは飢えたようにミルクを飲み、産院から退院する頃には、他の児と見劣りしないくらいに大きくなっていた。私はうっすらと目を開けるか開けないかの目の前のB子が、たまににこっとする寝顔を見ながら、この子には私が経験したような不幸な小学生時代を送らせたくないと思ったものだった。
ずっと忘れていたことだったが、なぜ、私はすべての時間を犠牲にして人並み以上に努力をしなければ、勉強ができなかったのだろう。本当にできる学生はいろいろな趣味を持ち、よく遊びながら勉強もできていたのはなぜなのだろう。
それが学生時代からずっと不思議でならなかった。そして、勉強もできて、他のこともできる。遊びもする余裕があって、自分で物事を考えて決められる自立した人になり、礼儀正しく、優しい。そのような全人教育的な子育てを、どうしたらできるのか。私の長いチャレンジが始まった。
とりあえず、私は生まれて6年間の教育が十分でなかったことが、苦い思いをしなければならなかった要因のひとつだろうと考えた。
つまり、幼児教育だ。とはいえ、何をどうしたらいいのかわからなかったが、調べていくと七田式教室という存在を知った。
娘にも「発達障害」の気配。でもそれって、親のためにつけられた「病名」にすぎないのかも?
ある時、七田式教室で丸の位置にシールを貼って、花を作るというような教材があった。当然のように他の子どもさんは端からきちんと貼っていくのに、B子だけはまったくランダムな位置にシールを貼ろうとする。
びっくりして、「B子ちゃん見て。お隣のCちゃんはほら、端からきちんと貼っていってるでしょう。なぜそうしないの?」と聞いても、素知らぬ顔で一生懸命にランダムにシールを貼っていく様子を見て青ざめた。そもそも第一子は親が必死で余裕がない。みんなが同じようにしていることをしないだけで、不安でたまらないのである。
ところが、制限時間内でできあがったものを見ると、他の子はまだ花の形にさえなっていないのに、B子はランダムに貼っていったものだから、一応花の形がわかるのだ。たまたまの結果だが、みんなと違っていいと納得せざるを得ないと慰なぐさめたものだった。
これを「個性」というのかわからないが、B子にもADHDグレーゾーンの遍歴が出ていたのには、まったく気が付かなかった。
大人になってから精神科医になったB子は、先輩の先生から、まあとりあえず、親が心配しているから病名をつけてあげているだけで、本当のところは「性質」とか「個性」と思ってあげるべきなのだが……と言われたそうだ。
「教育ママ」に変身! 発達障害の娘は1歳で「あいうえお」を覚え、本好きに
七田式教室で、子どもの脳への働きかけを知った私は、家ではとにかく絵本を読んであげた。毎日毎日子どもが要求するたびに読んだ。たとえ、それが夕飯の支度で忙しくても。
立って歩けるようになった1歳過ぎからは、壁にあいうえお50音のポスターを貼り、押さえた位置の発音が間違いなくでき、逆に私が発音した場所を間違いなく差すことができた時点で、その文字のところに赤丸をつけていった。根気強く、さりとてまるで遊びのように飽きる前にやめ、また翌日にすることをルールと課していたので、全部覚えてしまうのに8カ月かかった。
2歳になると、自分で絵本を引っ張り出しては音読するようになっていて、いつしか本が積み上げられている真ん中に陣取るほど本好きに育っていった。
★ここまでの記事では、著者が学習障害で苦労した経験をもとに、娘さんにはどう教育を行うべきか悩みながら実施した育児メソッドをご紹介しました。このあと自我が芽生え始めた娘さんとどう接し、どんな娘さんに育っていったかは【後編】をご覧ください。
★小学校時代、学習障害に苦労をした香川氏自身のお話は【できんぼ母】の記事(#1・#2)をご覧ください。「できんぼ」と先生にあだ名をつけられたこと、自ら「勉強をしよう」と考えるようになったきっかけ、勉強が得意になり医師になる経緯などをご紹介しています。
●BOOK 『
●PROFILE 香川宜子
徳島市生まれ。内科医師、小説家、エグゼクティブコーチ。代表著作の「アヴェ・マリアのヴァイオリン」(KADOKAWA)は、第六〇回青少年読書感想文全国コンクール課題図書(高校の部)、全国インターナショナルスクールさくら金メダル賞受賞。また、「日本からあわストーリーが始まります」(ヒカルランド)は2023年10月にドキュメンタリー映画化。そのほか、「つるぎやまの三賢者」(ヒカルランド)、「牛飼い小僧・周助の決断」(インプレスR&D)などがある。