編集中学入試・過去問マイスターに聞く「使い方の極意と親の心得」 | NewsCafe

編集中学入試・過去問マイスターに聞く「使い方の極意と親の心得」

子育て・教育 リセマム/教育・受験/小学生
リセマム編集長・加藤紀子(左)と声の教育社の代表取締役社長・後藤和浩氏(右)
  • リセマム編集長・加藤紀子(左)と声の教育社の代表取締役社長・後藤和浩氏(右)
  • 声の教育社 代表取締役社長の後藤和浩氏
  • 鎌倉学園2019年度国語の問題の一部
  • 「毎晩のように痺れる問題に出会っている」と熱く語る後藤氏
  • リセマム編集長 加藤紀子
  • 話の端々に過去問とそれを解く子供たちへの愛がにじむ
  • 「過去問は合否を占うものではなく、その学校の問題の傾向を知りお子さんの学力を伸ばすツール」(後藤氏)
 リセマム編集長・加藤紀子による連載「編集長が今、会いたい人」。第6回のゲストは、首都圏の中学・高校の過去問題集を発売する「声の教育社」の代表取締役社長・後藤和浩氏。

 編集者時代は毎年260校、500回以上の入試問題を解き続け、「三度の飯より過去問が好き」と言う後藤氏に、使い方の極意や見守る親の心得について語ってもらった。

入試問題には学校からの愛と情熱が詰まっている
加藤:後藤さんはYouTube動画「声教チャンネル」でも中学受験に関する情報を発信されています。「三度の飯より過去問が好き」というのが後藤さんの枕詞になっているくらい、過去問マニア(笑)。そしてついに社長就任! おめでとうございます。

後藤:ありがとうございます。はい、過去問は天職だと思ってます(笑)。毎晩、気になる学校の入試問題を解きながらお酒を飲むのが楽しみで…。

加藤:それほどまでに夢中になる過去問の魅力って何なのでしょうか。

後藤:中学入試では、教科のプロである先生方の手によって、毎年素晴らしい“作品”が生まれていると言っても過言ではありません。だからこそ、「あぁ、良い問題に出会えたなぁ」という無上の喜びが感じられるんですよね。

加藤:私も先日、有志の先生方による入試問題の研究会に参加させていただいたのですが、実際に国語の作問を担当されている先生から、毎年どのように文章を選ぶのか、問題を通じて受験生のどのような力を見たいのか、どんなメッセージを届けたいのかといったお話を聞き、作問にかける熱量と共に、受験生への愛情のようなものまで感じられて、頭が下がる思いでした。

後藤:みんなが満点を取れるような問題だと差がつかないし、だからといって小学生に難しすぎず、キラッと光るところで点数を重ねてくる子たちをどうやって見出すのか。どの学校も、時代の変化を敏感に汲み取りながら、非常に良く練られた問題を作られています。これは本当に大変な作業だと思いますね。

過去問から浮かびあがる校風や教育方針
加藤:後藤さんがこれまで解いてきた中で、今でも強烈に印象に残っている問題はありますか。

後藤:毎晩のように痺れる問題に出会っていますが(笑)、その中でも非常にビビっときたのをあえて2つあげるとすれば、まずは2015年の海城中学校の社会です。

 海城の社会は、1つのテーマをもとにした総合問題1題のみ。初めに長い説明文と資料を読みとったうえで答えていく形で、設問数も10問程度と少なく、最後に長めの記述が出ます。2015年の問いは「イギリスの料理がなぜ美味しくないと言われるか」。

加藤:塾のテキストには載っていなさそうだし、大人だって唐突にそんなことを聞かれても答えられない気がしますが…。

後藤:そうですよね。でもこの問題は、説明文や資料を通して、逆に「フランス料理が世界一」と言われる背景を考察するなどしながら解き進めて行くんです。すると、最後の記述問題にたどり着く頃には、イギリスの料理が美味しくないと言われる理由が導き出せるように作られているんです。

加藤:「入試問題はその学校の0日目の授業」と言われますが、まさに海城の授業のようすが目に浮かびますね。2020年から施行されている学習指導要領では、思考力、表現力、判断力が謳われていますが、この海城を含め、いろいろな学校の入試問題に触れると、私立の学校ではもっと前からこうした力を大事にしてきたことがわかります。

後藤:書かれていることをインプットしたうえで、自分の頭の中で考え、それをまとめて表現する力が問われていますから、ようやく時代が追いついてきたと言えるかもしれません。

 そしてもうひとつは、2019年の鎌倉学園の国語です。最後に熟語の書き取りが5題出題されるのですが、答えをつなぎ合わせるとある仕掛けが…。

加藤:これはグッときますね。でもこれって、途中まで解いたら答えがわかっちゃう子もいますよね。

後藤:そうなんですよ。だから鎌倉学園の先生に、「この問題は漢字の知識を試す書き取りの問題として成立するのかと議論になりませんでしたか?」と聞いてみたんです。そうしたら、「そんなこと誰も言わないですよ」って。「せっかくうちの学校を目指して勉強してきて、最後に『志望校合格』って書いて終わったら、こんなに気持ち良いことないじゃないですか」とおっしゃったんです。

加藤:先生方のお気持ちも学校の方針も温かいですね。問題が解けた受験生にとっては一生忘れられない思い出になったことでしょう。

後藤:何十年も過去問を解いていると、作問をしている先生の人となりから職員室の雰囲気まで何となくわかってくるんですよ。最近では教科横断の融合問題が出題されることが増えてきましたが、そういった問題からも、職員室の風通しの良さが透けて見えたりもします。

2025年の注目トピックは?
加藤:まさに入試問題にはその学校のカラーが色濃く反映されているのですね。また、過去問にもトレンドがあると言われますが、最新の傾向はどんな感じですか。

後藤:「あなたはどう考えるか」という問いはひとつのトレンドですね。かつては問題文をよく読めば必ず答えが見つかるというものが多かったですが、最近では与えられた文章をふまえ、さらに他の会話文や資料を読み込み、複数の情報をきちんと理解したうえで考えを聞いてくるような問題が増えてきています。

加藤:ChatGPTに聞けば何でもわかる時代だからといって、人間は空っぽで良いというわけではない。自分から学びに向かう力、その課題を自分ゴトにできる主体性をもっているかを問われている気がします。今年特に注目しておきたいトピックはありますか。

後藤:僕が注目しているのは「哲学」と「AI」です。「哲学」は国語の出題ですでにトレンドになっており、急速な時代の変化によって脚光を浴びる傾向は続くかもしれません。そして、その急速な時代の変化を象徴する「AI」ですが、たとえば今年の入試では、開成でAIが作成した選択肢の間違いを指摘させる問題が出ています。もしかしたら今後は、完全にAIが主導になって作問をしてくるケースなど、どんな学校がどういう切り口で出題をしてくるのか想像がつかないだけにとてもワクワクしています。

加藤:AIの進化と共に、人間にしかできないことは何かを問い直すときに来ている。だからこそ哲学も重要だという点で、その2つのトピックは表裏一体なのかもしれませんね。

過去問が紡ぎ出す親子の時間
加藤:私の場合は2人の子供の中学受験を経験してから随分時間が経ちましたが、あらためて思い返すと、特に子供が過去問を解いていた時期というのは、問題をきっかけに、受験がなければ触れることのなかった珠玉のような文学作品を一緒に読むなど、親子で過ごしたかけがえのない時間だったなと思います。後藤さんも保護者として2人のお子さんに伴走されたとお聞きしましたが、どのような関わり方をされていたのでしょうか。

後藤:子供がまだ小さい体でひたむきに問題を解いている姿がいじらしいというか、愛おしいというか、よく頑張っているなと胸が一杯でした。上の子の受験前は、下の子も幼いながら事情を察して、お兄ちゃんが勉強している間は静かにリビングの端っこの方で本を読んでくれていたり…。

加藤:下の子なりにお兄ちゃんのことを応援していたんですね。後藤さんはお子さんの過去問を見てあげることもあったのですか。

後藤:僕は勉強を見るというよりも一緒に勉強するというスタンスで、算数や理科は子供と競い合って解くこともありました。親子の会話も増えましたし、星座早見表を見ながら星空を眺めたり、月の満ち欠けを一緒に覚えたり、今となっては良い思い出ですね。

加藤:過去問を見ればわかりますけど、子供たちはビックリするくらい難しいことやってますよね。

後藤:本当にそう! だから「こんな成績でどうするんだ」なんて絶対叱っちゃダメ。もし何か言いたくなったら、子供がどれだけ高い壁に挑もうとしているか、お子さんが受験する学校の過去問を一度真剣に解いてみてください。親は「もっと頑張れ」じゃなくて「一緒に頑張ろう」というスタンスでいるほうが、子供は頑張る気になれるんじゃないかな。

赤本活用の極意は「横に使う」
加藤:学校では2学期が始まり、中学受験生は秋に向けて過去問演習を本格化する時期だと思いますが、後藤さんおすすめの過去問の活用法はありますか。

後藤:過去問の問題集、つまり赤本を「横に使う」ことです。過去問って全教科をまずは年度ごとに解いていくと思うのですが、僕が勧めたいのは、年度を横断して解いてみること。すると、たとえば算数の大問5には立体図形が、理科の大問3には天体の問題が必ず出るといったその学校の出題傾向がつかめて、どこを強化すべきかがわかってくるんです。それがわかれば子供は得点力を上げることができ、自信をもって本番に臨めるようになるはずです。

加藤:この時期、過去問を「何周するか」というのも話題になりますが、実はわが家でも子供が2周目に取り組む際、まさにその「横に使う」というアドバイスを塾の先生から受けていました。単元ごとに年度を横断して復習すると力が付くからということだったのですが、実際に直前期にかけてぐんと伸びたように思います。

後藤:過去問って、もちろんその時点での学力の判定指標にはなりますが、あまり神聖化しすぎないでほしいんですよね。本来はそうやって、お子さんの学力を伸ばすツールとして積極的に活用できるものであって、合格か不合格かを今、見定めるものではないんです。

加藤:でも親としては、子供が過去問を始めると、どうしても合格者平均点との差が気になっちゃいますよね。

後藤:僕も保護者だったので気持ちは良くわかるのですが、そこは冷静になってほしいですね。合格者平均点というのはあくまで平均であって、それより低い点数でも半分の子が受かります。合格者最低点も、受験生がこの時期からじわじわと力を付けて、2月1日に一番力を出しきったときの点数ですから、10月や11月に解いてそれ以上の点数を取ることのほうが難しいんです。

加藤:直前期の伸びは本当に目を見張りますよね。今の点数であきらめるのはもったいない。

後藤:その通りです。夏休みあたりまでは単元ごとにバラバラだった知識や定着しきれていなかったところが、秋から直前期にかけて知識と知識が結び付き、体系的になっていきます。試験当日まで伸び続けていくと心から信じてあげてほしいです。

直前期に気をつけたい親の声がけ
後藤:今日一番伝えたいことがあって。それは万が一、お子さんが残念な結果だったとしても、「頑張りが足りなかった」なんて絶対言わないでほしいし、思わないでほしいということ。たまたまそのときの出題形式が合わなかっただけですから。

加藤:私も、抑え校とか第2、第3志望とかっていう序列を付ける表現ってあまり好きじゃないです。「どこの学校も素敵だから、いくつも合格したら選べなくて困っちゃうね」と、全部第1志望くらいの気持ちで良いんじゃないかって思うんです。

後藤:本当ですね。これまでたくさんの学校を見てきましたが、それぞれに魅力があって体ひとつでは足りないくらい(笑)。だから、仮に合格した学校が本人や親の期待とは違うところだったとしても、そこに進学を決めたなら、「実はお父さんお母さんはこの学校が一番あなたに合っていると思っていたよ」「この学校に決まって良かったね。よくがんばったね」と祝福してあげてほしい。これが僕からの一番のお願いです。

加藤:最後になりますが、中学受験を目指すご家庭、特に過去問に向かう6年生に向けて過去問マイスターの後藤さんからエールをお願いします。

後藤:子供が過去問に取り組み始めると、表紙には具体的な学校名が書かれていますから、親も「いよいよだ」というプレッシャーを感じて不安になってくると思います。それは子供も同じ。突然「もうやめたい」とか「勉強が嫌だ」と言い出す子もいます。でもそれは親に甘えているだけ。だからこそ、「大丈夫なの?」と聞くのではなくて、根拠はなくても「大丈夫だよ」と言って寄り添ってあげてください。

加藤:まだ幼いと思っていたわが子が入試本番の日、会場に1人で向かっていく後ろ姿はたくましく、ひとまわりもふたまわりも大きくなって見える。成長を感じる瞬間です。

後藤:今思い出してもジンときますね。子供なりの歩幅で一歩ずつ進んで壁を登り、大人でも歯がたたないような難しい問題に立ち向かい、1点をかき集めて合格点を取りに行く。これってすごい成長じゃないですか。そんなわが子のチャレンジを親として誇りに思い、精一杯応援してあげたいですね。

加藤:本日はありがとうございました。


 受験勉強も佳境を迎える受験生の親に向けて、親子で走り抜くための温かいエールを授けていただいた。渦中にいると不安で一杯だが、子供は直前までまだまだ伸びるというお二人の言葉に勇気付けられた読者も多いだろう。目の前の高い壁を乗り越えようと果敢にチャレンジしている子供たちに敬意を込めて、私も心からのエールを送りたい。
《吉野清美》

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