なぜ学校は、「知識の量」ではなく、「本来あるべき子供の姿」という原点に立ち返ろうとしているのだろうか。小学校受験における詰め込み教育は限界を迎え、入試の裏側では、点数では測れない「人間力」の大切さが大きくなっていたのだ。これからの受験準備がどう変わるのか。今年の入試が示した転換点と、その背景にある理由 を読み解いていこう。
幕開けの埼玉から転換の兆候が
首都圏の入試は、例年埼玉から幕を開ける。埼玉入試は、その年の受験傾向を占う大切なバロメーターとなる。
今年は大きな転換期となったが、その傾向はすでに埼玉県の入試から、非常にわかりやすく表れていた 。そこにあったのは、高度な知識や技術だけではなく、「親子の関わり、人との関わり」を丁寧に見るという試験であった。
浦和ルーテル学園小学校面接内容の焦点は、家族の関わり方、しつけの具体的内容に置かれた。先生が提示した日常的なシチュエーションの絵について(絵の例:廊下を走っている男児、階段の手すりを滑っている男児、困っている女児)、「3人で2分間、話しあう」ということが求められたのだ。
さらに、砂場を例にあげて、「やめて」と伝えても、お友達が嫌なことを繰り返すので「砂をかけてしまった」という失敗に対しは、「学校から帰ってきて、自分の子供からそれを聞いてどうするか」や「実際に声かけをしてみせてほしい」と、親の現実的な対応力まで深く掘り下げたのである。
さとえ学園小学校
今年の共同制作では、先生の見本と同じように作成しても良いという条件が示された。創造力ではなく、「力を合わせて取り組む姿勢」や「異なる方法でも調整する」「協調性やコミュニケーション能力」も丁寧に評価するという、学校側の姿勢がはっきりと読み取れる。
埼玉県の入試が終わると、次は神奈川県の入試が始まる。神奈川県は「横浜雙葉小学校」や「洗足学園小学校」などのいわゆる難関校が並ぶ。
指示巧緻性難関校の横浜雙葉も簡易化へ
多くの学校で、ペーパーの難易度の高い問題や、記憶して指示どおり行う問題、などの試験が減った。
横浜雙葉小学校
象徴的だったのは、指示巧緻性の高難度で知られる「横浜雙葉小学校」の入試だった。毎年極めて複雑で高度な指示を記憶し、短時間で実施する課題が出されるが、今年は明らかに例年よりも「易しい」内容が出題された。受験のために家庭で巧緻性テクニックを積んできた子供たちが拍子抜けしたであろうことは容易に想像がつくほど、シンプルな課題が多かった。
洗足学園小学校
ペーパー難関校と言われる洗足学園小学校だが、近年は行動観察重視に完全に舵をきっている。その傾向は今年も顕著だった。
■お手玉タワーづくり(1)
道具:お手玉、ふわふわのお手玉など数種類のお手玉がたくさん
課題:できるだけ高くなるようなタワーを作りましょう。
■ほかのチームの観察
課題:ほかのチームはどのように作ったか見に行ってみましょう。
■お手玉タワーづくり(2)
道具:お手玉、割りばし、ビニール袋、紙皿、輪ゴム
課題:道具を2つ選んで、高いタワーを作りましょう。
圧倒的な倍率を誇るこれらの学校側でも「これ以上、難しくする必要はない」という判断を下したことが予想できる。複雑な問題で子供をふるいにかける受験スタイルから、意図的に距離を置いたと言える。
今年の鍵は「行動観察」求められるのは「生活」と「人間力」ペーパーテストが簡素化された結果、今年の入試でもっとも比重が大きくなったのは「行動観察」だ。
雙葉小学校
課題:みんなで素敵な街をつくりましょう。できたらみんなで遊びましょう。タンバリンがなったら終わりです。
使用材料:段ボール、キラキラのレース(星付き)、ソフトブロック、モールなど
学校は、この共同作業のプロセスを通して、子供の生活力と人間力を徹底的に見極めている。
・友だちとの協力と調整:目的に向けて他児と協力できるか
・課題解決の意図理解:目的を理解し、自律的に動けるか
・困った時にどう対処するか:自己解決能力、助けを求める行動ができるか
・感情のコントロールができるか:失敗しても諦めずに、改善しようとするか
これは、ペーパーでは測れない「非認知能力」を行動で評価するという選抜方法へのシフトにほかならない。
合否を分けたのは「生活の中の経験」
明確になった事実は、合否を分けた力が「幼児教室の学び」の外側にあったことだ。私自身も幼児教室を運営しているが、学校が見たかったのは、どれだけ幼児教室や学校で机上の知識や対策に時間をかけたか。ではない、家庭生活の延長線上で育つ、生きた力だった。
■生活の中で育つ行動5つ
1. 友だちとトラブルが起きても、仲直りして関係性を築き直す
2. 自分の意見が通らなくても、相手の考えを聞き、次の行動に移る
3. 自分の考えをわかりやすい言葉で伝える
4. 困ったときに黙り込まず、「手伝って」「教えて」と言葉で助けを求める
5. どうやったらうまくいくか、諦めずに考え工夫し続ける
これらの経験は生活の中で友達や家族、他者と関わることで生まれる。前回「ペーパーテストの丸1つより大切な親の心得」という記事を書いたが、今年の入試はまさにその流れが明確になっていると思う。これからの受験準備は、「家庭生活での経験」×「教室での学び」という両論が不可欠な時代へと変わった。生活の中に受験準備を位置付けるという、視点の転換が求められている。
「問題傾向の変化」を読み解く3つのキーワード
1.ペーパーの「平易化」と「思考力重視」
作業で解く問題は減り、図形の観察力や条件を整理して考える力などが問われている。対策としては、 難問を繰り返し解くより、「なぜそうなるか」を考える習慣を。遊びの中に積み木やレゴ、タングラム、折り紙などを取り入れ感覚を養う。
2.「行動観察」で見られる対応力
雙葉小の事例(街づくり)に見られるように、失敗や思いどおりにいかない時こそが最大の評価ポイント。家庭でのゲームなどで負けた際、感情をコントロールし、相手と協調して自己解決できる考え方や経験を積む。
3. 面接・願書:親の「当事者意識」が問われる
浦和ルーテルの「不適切な行動への声かけ」の質問のように、理想論ではなく「リアルな子育て」が問われている。 願書を「提出書類」と思わず、家族の教育方針を再確認する「対話のツール」として活用する。
小学校受験、未来への葛藤「学力のみならず人間力を」
最後に私たちが向き合わなければならないのは、「小学校受験は、幼児にどこまでさせて良いのかという闘い」だということだ。小学校受験に向きあう保護者の多くが、「ここまで幼児にさせて良いのだろうか」「詰め込みすぎていないか、子供の笑顔は守れているか」という葛藤を心のどこかで抱えている。その想いは、受験を支える私自身の胸にもある。しかし、今年の受験を通して、私は改めて感じた。「学力だけではなく、人間力を育てたいという願いは、家庭も学校もまったく同じなのだ」と。学校は、「子供らしい姿・生活の中で育った力・友達との関わり・家庭での親子の関わり」を大切にしようとしている。これは、幼児教室の本質を守り、親の夢である「子供の幸せな未来」を共に叶えようとする姿勢なのだ。だからこそ、小学校受験は決して競争だけの世界ではない。子供の未来をどう育むか、家庭と学校がともに考える大切な時間である。その視点を忘れずに、これからの受験に向き合っていきたい。
【執筆者】株式会社コノユメ 代表取締役 大原 英子
東京大学卒業後、大手通信会社に勤務。その後、自身の母親が30年以上にわたり主宰する受験絵画教室のメソッドをもとに、2011年に小学校受験専門の幼児教室を設立。
2022年には、教育の新しいかたちを提案すべく株式会社コノユメを設立。同年、オンラインと対面のハイブリッド型幼児教室「コノユメSCHOOL」を開校し、幼児教育業界で他社に先駆けてオンライン教材を導入。日本全国さらに海外在住の家庭からも高い支持を集め、多くの家庭に選ばれ続けている。
これまでに、慶應義塾幼稚舎・慶應義塾横浜初等部・早稲田実業学校初等部・雙葉小学校・白百合学園小学校・聖心女子学院初等科、暁星小学校、東京農業大学稲花小学校など、難関名門校への合格者を多数輩出。








