「最近前髪が薄くなった」「分け目が目立っちゃって」「髪がひょろひょろでモワモワしてる」……
更年期、特に50歳を過ぎたころから加齢性の薄毛が少しずつ進行します。多くは女性ホルモン減少によるごく自然な変化で、髪型の工夫でかなりカバーできるものですが、どうしても分け目の薄さが気になり「鏡を見るたび自分の気持ちまでが落ち込んでしまう……」という声も。
医師向けにたくさんの講演や実技指導を行う秋葉原スキンクリニック院長、堀内祐紀先生は「もともと脱毛を専門にしてきましたが、毛というものそのものに愛着があり、女性の薄毛の治療も長く続けています」と語ります。女性の「髪の悩み」にはどのような治療があり、また、堀内先生はどのように向き合っているのでしょうか。
じつは、40代以降の女性の薄毛には「これぞ」という決定的な治療がない
「私の髪、これから大丈夫かな…」と不安に思う私たちのために、最初にこの症状の概要から。
急激に進行する円形脱毛症とはまた違い、少しずつ進むのが女性のびまん性脱毛。じつはなぜ起きるのかという原因が完全には解明されていません。
最近よく聞く「AGA」は壮年性の男性型脱毛症の呼び名で、血中のテストステロンが、5α還元酵素によってDHTに変換され、それが毛包に作用して毛母細胞の増殖を抑制、毛包の「ミニチュア化」を進めることで進行します。毛周期のうちの成長期も短くなり相対的に休止期が長期化、抜け毛も増加し細毛が目立つようにもなります。
対する女性型の脱毛症は「FPHL(Female Pattern Hair Loss)」と呼ばれます。
男性型脱毛に比べ、女性の場合はストレスや毛染めなどの外的要因、女性ホルモンなどがより複雑に関与すると考えられています。40歳前後から増加し、49歳までに女性の約4人に1人(25%)、69歳までには約4割(41%)の女性に見られるとされています(*1)。
つまり、更年期世代の女性が「最近髪が薄くなってきた」と感じるのは、ごく自然な現象と言えるのです。
にもかかわらず、治療の状況は芳しくありません。日本皮膚科学会が公表している治療ガイドライン(*2)によると、男性には一定の効果が期待できる内服薬もありますが、女性では安全性の観点から使用が難しいとされています。
現在、推奨度が高いとされているのは外用のミノキシジルのみ。しかも、日本人を対象としたデータがある治療法は他にほとんど見当たらないのが現状です。
「私の人生は『女性応援』がテーマ」と語る堀内祐紀先生は、女性が抱える悩みもまるごと引き受けて、カウンセリングを重視した薄毛・脱毛症治療にも取り組みます。秋葉原スキンクリニックでは外用のミノキシジル以外にはどのような治療を行うのでしょうか?
*1 G. Fabbrocini et al. / International Journal of Women’s Dermatology 4 (2018) 203–211
*2男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン 2017 年版
女性は「周囲の女性に指摘されて」来院するのが男性との大きな違い
「冒頭からあまりいいお話ではないのですが、いずれの方法でも、薄毛・脱毛症の治療はまずやってみないとわからないという側面があります」
なるほど……本当に「難しい治療」なのですね。
「ミノキシジルは外用のほか、当院では院内製剤での内服もあります。が、血圧低下やめまいなど副作用も出るため慎重投与が必要です。そのほか補助的なサプリもありますし、また注射での治療はさまざまな種類があります。課題は治療頻度と治療費です。たとえば育毛ペプチドの注射は1回5万~6万円。毎月1回の治療を行うと、年間60万~70万円ほどかかります」
さまざまな治療を行った場合でも、治療を受けた人の薬剤や治療への反応は個人差が大きく、髪の毛が生える程度は、確定されたものではないとのこと。
「私の外来に来る薄毛の悩みの訴えは、男女で少し異なるように思います。男性は、見た目に薄くなったことに対する訴えが多いですが、女性は、見た目に加え、毛の質の変化、たとえば髪のうねりやパサつきなどを訴える方も多いのです。髪の毛の分け目、中でも頭の前のほう(前頭部)が薄くなって気になる、前髪が透けてきた、以前は前髪がもっとあったのに。髪が細く、ぺたっとしてしまいセットがしにくい……など、細かな気づきを訴えられます」
また、産後に髪が抜けることはよくありますが、「産後の脱毛は時間とともに改善すると言われていたのに、元に戻らなかった」と悩まれて受診されたケースもあるそう。必ずしもエイジングだけが原因ではなく、複雑な要素が絡み合うのが女性の薄毛・脱毛症なのですね。
「他にも、同性の家族や友人から指摘や助言を受けたのがきっかけで来院することが多いのも特徴です。自分では気にしていなかったけど姉に言われた、妹が治療を始めて『お姉ちゃんも行ったら』と助言された。家族に指摘され初めて自分の薄毛に気づいたという例もあります。同窓会で髪の毛の話題になり、『私病院に行ってみたの』とお話しされた方がいらして、どんな治療? どこへ行ってるの? 費用は? という会話から、治療に興味を持たれた方々みなさんが来院したケースもあります」
女性の薄毛は世代によっても悩み方が違うそうです。40代、50代の女性は実年齢と「髪が薄い自分」のギャップを受け入れられず深い悩みに陥るケースが少なくないとのこと。
60代、70代はある程度髪の毛の変化を受け入れつつウィッグを作ったり、髪型でカバーしたりと対処法を身につけていて、そのうえで「このウィッグがなくてもよくなりたいな」「温泉に入ったあとに髪を気にしなくてもよくなりたいな」「ちょっとずつ薄くなるのを止めたいな」など具体的に解消したい悩みをお話しされる方が多いそうです。
女性の悩みは「丁寧に聞く」ことで8割解決する部分があると言うけれど……?
自分自身の前頭部が気になっているため、今後どうすればよいかを伺いにお邪魔したのですが、典型的な疾患とはまた違って「なかなか難しいのだ」ということが理解できました。
そもそも、私たち女性は、ちょっとしたことで気分が沈んだり、逆に元気になったりすることがありますよね。更年期障害のカウンセリングの現場では、症状そのものとは別に、「丁寧に共感しながら話を聞いてくれる人がいるだけで、8割がた改善する」とも言われるほど、気持ちのケアが大きな役割を果たすそうです。
薄毛や脱毛の治療においても、こうした心の波が影響しそうですが、先生はその点をどうお考えですか?
「私たちは必ず老化していきます。しかし、その老いを目の前にしたときに、完全にそれを承認し、割り切れる方はそう多くはいません。体の変化、特に髪の毛が薄くなることは、見た目の印象に大きな変化をもたらします。可能な限り、元気で美しく、若々しくいたいと思うのは当たり前のことだと思います。『老化はしかたないこと』と言っていたとしても、内心では、若い人に負けたくない、ずっと張り合いのある生活をしていたい、自信を持っていたいと考えている方も多くいらっしゃいます。私はそのような方のサポーターになりたいと思っています」
堀内先生は「私はこの人生で『女性を応援する』と決めているので」と続けます。誰にでも元気で長生きをしてもらう手助けとして、同じ目線に立って悩みを受けとりながら一緒に治療を進めていくのが先生のスタンス。そもそも誰かとおしゃべりするのが大好きなので、この一緒に解決していく治療は天職だと感じているそうです。
「よりよいおしゃべりのために(笑)、まずは悩みをじっくり傾聴しています。最初は初対面の私との会話に緊張される方も多いです。ですので、ゆっくりと、今までの治療がどうだったか、こちらから質問をしながら、治療の道のりを伺っていきます。重要なのは、過去の治療がどういう結果で、どのように感じられていたかということです。それを伺ったうえで、症状に対してだけでなく、その方の性格や考え方などを考慮し、適切な治療を提案していきます」
治療法を相談する際、いちばん重視するのはもちろん「効くかどうか」ですよね? と聞いてみると、意外にも「もっと大事なことがあるんです」というお返事が。
「患者さんに『効果、安全性、価格、どれが重要?』と聞くと軒並み『効果』と答えます。ですが私は安全性だと思います。副作用のリスクが高頻度、高確率にある治療は、たとえ高い効果が期待できたとしても、選択する際には慎重になるべきだと私は考えます。なぜなら、効果が得られなかった場合は他の治療法を選び直すことが可能ですが、強い副作用が生じてしまった場合、その影響を元に戻すことは難しいこともあるからです。それにもかかわらず、医師の中には『効果があるから』と積極的に勧めるケースもありますが、私はその姿勢に不安を感じることがあります」
なるほど! ここまでの記事では堀内先生に「女性の髪の悩みと治療」について日々の治療の実情を教えていただきました。続く記事では今年に入ってそんな堀内先生がスタートした「有望な」治療についてお話しいただきます。