思わぬものが禁忌となるペット。たとえば犬や猫ならネギ類、チョコレート、カフェイン、生のイカ、タコ、エビがNGとされますし、犬の場合はキシリトールを食べて、ネコなら湿布のジェル状の面を舐めて命に関わった例もあると言います。
「ペットにヒトのものを与えるのは怖い、という先入観もあるのでしょうが、じつはペットに使われている医薬品の多くがヒト用途からの転用です。私は漢方が専門のひとつですが、最近は元気のないペットにできることはないかと探して漢方にたどり着いた飼い主さんからの相談もよく受けます」。
こう語るのは外科医・免疫研究者・漢方医のトリプルメジャー医、新見正則医院院長の新見正則先生。詳しい話を伺いました。
ペットの病気に「もうひとつできる選択肢」が漢方
「私は西洋医学の医師に向けて、簡単に漢方を処方するための解説書『フローチャート』シリーズを多数刊行しているのですが、最近注目の1冊が獣医版フローチャートペット漢方薬』(新興医学出版社)。。2018年の発行ですが、東大の生協でもいちばんの売れ行きを記録したという隠れベストセラーです」
14歳になる新見先生の愛犬、ビション・フリーゼの小雪ちゃんも長い間漢方を飲んでいるそう。
「私はフアイアという免疫を割賦する漢方の研究と普及活動をしていて、1日1gを8年飲ませています。高齢ですが白い毛はふわふたのままで病気もしていません。私が関与した中では、例えば12歳の歯肉がんのトイプードルに1日1gを約1年投与してがんが消失した例、10歳の皮膚がんの柴犬に1日2gを投与して背中からがんが消失した例などがあります。もともと外科医としてがんの手術を多数手掛ける中、やがてがんの根治を願って免疫の研究に進み、それでも緩和できない症状に対して漢方に答えを求めたという私の経歴がそのまま応用されています」
こうしたペットの治療の場合、彼らは言葉で痛みを伝えてくれないかわり、病変部位が変わることが目で見てわかるため、「気のせい」ではなく明らかに効果が見えているところがポイントだそうです。
「『獣医版フローチャートペット漢方薬』の共著者、医学博士・獣医師の井上明先生は、私の前職、帝京大学医学部博士課程指導教授時代の研究室生です。すでにペットの腫瘍治療に高い実績を持つ著名な獣医師で、さらなる研鑽のため免疫学で博士号を取得したのです。その際漢方に興味を持ってくれて『犬にも使えるんじゃないか』と研究を始めました」
昔は庭先に捨てた生薬がらを食べて犬が元気になっていた
実は漢方は、昔から犬や猫には結構使われていたのだと新見先生は言います。
「といっても投薬したのではなく、煎じ薬のかすを食べていたんですね。煎じ薬は毎日、生薬を600の水に入れて300まで煮詰めてから濾して飲むので、生薬のかすがかなりの量残ります。昔はそれを庭に撒いていたので、庭にやってくる動物がいつの間にか食べていて、結果犬やねこが元気になったという話を複数の漢方の先人が残しています。私は漢方の大家である松田邦夫先生に師事しましたが、先生も昔はよく聞いたよとおっしゃっていましたし、私の知る中では金魚の水槽に漢方薬を入れて健康管理をしている先生もいました」
かつて生薬は大変な高級品だったため、ペットにはかすを与えるのが限界でしたが、いまではエキス製剤が安価に手に入るため、漢方研究に熱心な獣医師の先生がたは犬や猫、小鳥、魚などに投与を続けているのだそう。
「我が家の場合、ゆでたささみにフアイアを振りかけています。フアイアはきのこの生薬なのできのこっぽい味がして、犬は大抵の場合好んで食べてくれます。でも、どうやらネコにはかなりの好き嫌いの個体差があるようです(笑)」
井上先生によれば、ペットが自ら食べないときは、漢方エキス製剤にちょっと水を含ませてドロドロにしてからペットの口の奥に入れると簡単に飲むこともあるそうです。獣医師さんだけでなく、飼い主さんも応用できる知恵ですね。ただ、犬も猫も、自分の体に必要な場合には食べる傾向があるのが共通しているそう。フアイアのほかに与えられる漢方はありますか?
「人間に対する処方と基本的な指針は同じです。体力が落ちてしまった、元気を出してほしいというときは十全大補湯、胃腸を元気にして食欲を出してほしいときには六君子湯がよく投与されます。鳥には直接投与したことがないのですが、あげてごらんと伝えてトラブルはありません」
我が家のペットに漢方を試してみたい場合、なにから試せばいいのか
基本として、犬は食事に混ぜれば飲んでくれる傾向が高く、およそ体重で割り算して飲める範囲を与えればOKだそう。人間よりたくさん飲む必要はないため、体重5ならば人間の量の10%くらいから始めて、もうちょっと飲ませてもいいかな?と加減するそうです。
皮膚の病気はよくなる傾向があるそう。中でも皮膚がんは飼い主さんが患部を確かめられるため効果もわかりやすく、同様に口腔がんにも手ごたえを感じるそうです。その他、むくみは五苓散、免疫を上げて気力体力を増すには十全大補湯、元気を増すなら六君子湯、口内炎は半夏瀉心湯が中心と言います。
「ネコに多い泌尿器疾患にはヒトと同様に五苓散や猪苓湯ですが、ネコはやっぱりハードルが高い傾向です。いずれのケースでも飼い主さんがいちばん口にするのは『辛い思いをさせたくない』ということ。腫瘍と戦う際も、抗がん剤は負担が高すぎるから、体にやさしい薬を、となると漢方薬を想像するので親和性は高いのです。何も治療しないのは心が痛む。どうせ与えるなら効果がわずかなりとも出るものをという思いでご相談のお電話をいただくんです」
とはいえ、ペットは意外なものが毒になるため不安が残ります。たとえば麻黄の含まれた、葛根湯などはあげても大丈夫なのでしょうか?
「判断は難しいでしょうから、お近くで漢方を処方する獣医さんを探して相談してみるとよいと思います。基本的には日本の処方に入っている範疇のエキス製剤は登録販売者が常駐すれば薬剤師がいなくても販売できるほど安全なものと理解してください。我が家のペットにどんなものが与えられそうかを見てみたいなら『獣医版フローチャートペット漢方薬』も参考にしてみてください。私のサイトのブログにも解説記事がありますからご参照ください」(こちら)
■お話/新見正則医院 院長 新見正則先生
新見正則医院院長。1985年慶應義塾大学医学部卒業。98年移植免疫学にて英国オックスフォード大学医学博士取得(Doctor of Philosophy)。2002年より帝京大学医学部博士課程指導教授(外科学、移植免疫学、東洋医学)。2013年イグノーベル医学賞受賞(脳と免疫)。20代は外科医、30代は免疫学者、40代は漢方医として研鑽を積む。現在は、世界初の抗がんエビデンスを獲得した生薬フアイアの啓蒙普及のために自由診療のクリニックでがん、難病・難症の治療を行っている。『フローチャートコロナ後遺症漢方薬』はAmazonで三冠(東洋医学、整形外科、臨床外科)獲得。