元TBSアナウンサーのアンヌ遙香がニッチな眼差しで映画と女の生き様をああだこうだ考え、“今思うこと”を綴る連載です。ほんのりマニアックな視点と語りをどうぞお楽しみに!
【アンヌ遙香、「映画と女」を語る #7】
令和の恋愛、なんだか安売りされていない?
恋、してますか。
恋愛、ではなく恋です。
昨今はマッチングアプリもあるし、結婚相談所もある。誰かと恋愛関係になりたいと思えば、もしかしたら非常に手っ取り早くそういった関係になれる世の中なのかもしれません。
ネットニュースを見てみれば、誰かが誰かと不倫したというようなニュースがうんざりするほど流れてきたり。この令和の時代、「恋愛」が安売りされている。そんなふうに思ってしまう今日この頃。
日本における「恋愛」の始まりは、近代的な価値観である「love」の概念が輸入された明治以降とされています。明治大正といわゆる「新しい女」という存在が出てきたあたりから、世の中を騒がせる恋愛沙汰が数多く生まれてきました。
歴史上語られてきた数々の恋愛事件
樋口一葉の、師匠半井桃水への叶わぬ恋。
与謝野晶子と、与謝野鉄幹の燃えるような恋(いわゆる不倫ですが)。
平塚らいてうと年下の画学生との恋物語。
有島武夫と女性記者との情死事件。
柳原白蓮の出奔…。
江戸時代は、女は三従(幼い頃は親に、結婚後は夫に、老いた後は子に従う)と言う価値観があり、自由恋愛など考えられなかった時代でした。
明治以降、近代的な新しい思想を手にした女性たちと、今では文豪とされている人々の燃えるような恋と言うのは、新聞沙汰にもなり、そしてここでは挙げ切れないほどの大恋愛事件として歴史上の語り草になっています。
当時は姦通罪と言う罪もあったため、恋愛、特に不倫なんて命がけ。恋をすることそのものが、命を燃やす行為と同意義であった時代と言ってもいいかもしれません。
そんな時代にある1人の女優が、詩人・中原中也と、評論家・小林秀雄との間で三角関係を繰り広げたと言う史実があったのをご存知でしょうか。
そう、あの日本を代表する詩人、甘い顔立ちの中原中也と、ダンディーな評論家・小林秀雄の2人を魅了した女性がいたのです。
▶文学界に名を刻むイケメン2人に愛された女性とは?
本当にあった歴史上の三角関係を映画化

『ゆきてかへらぬ』©︎2025「ゆきてかへらぬ」製作委員会 【配給】 キノフィルムズ TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
その女の名は長谷川泰子。そして例の三角関係について映画化されたのが『ゆきてらかへらぬ』です。
なかなか芽の出ない女優・長谷川泰子(広瀬すず)は、まだ学生だった中原中也(木戸大聖)と京都で出逢います。まだ20 歳の泰子と 17 歳の中也。どこか虚勢を張るふたりでしたが、互いに惹かれ、一緒に暮らしはじめます。

『ゆきてかへらぬ』©︎2025「ゆきてかへらぬ」製作委員会 【配給】 キノフィルムズ TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
やがて泰子と中也は東京に引っ越しますが、一緒に生活する時間が長くなるにつれ、中也は泰子を女房扱いして甘え、そして粗暴にすら振る舞うように。
そんな中、小林秀雄(岡田将生)が2人の家をふいに訪れます。中也の詩人としての才能を誰よりも認めており、そして中也も批評の達人である小林に一目置かれることを誇りに思っており、男たちはいきいきと文学論を戦わせます。

『ゆきてかへらぬ』©︎2025「ゆきてかへらぬ」製作委員会 【配給】 キノフィルムズ TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
ふたりの仲睦まじい様子を目の当たりにして、複雑な気持ちになる泰子。才気あふれるクリエイターたちにどこか置いてけぼりにされたような、そんな気持ちになりながらも泰子も輪の中に加わり、3人で過ごす時間が増えていきます。
日に日に泰子への依存を強める中也。泰子と出逢ってしまった小林もまた彼女の魅力に惹かれていきます。

『ゆきてかへらぬ』©︎2025「ゆきてかへらぬ」製作委員会 【配給】 キノフィルムズ TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
ひとりの女が、ふたりの男に愛されていく一方で泰子はふたりをどう想っているのか。アーティストたちの青春の産物として、中也や小林の作品そのものにも彼女は影響を与えます。