フジテレビ事件で再び明らかになった「職場での性被害問題」。でも、「弊社では起きません」と断言できる人、男女問わずいないのではないでしょうか。
何をいますべきなのか、また被害にあっているかもしれない場合はばどうすればよいのか。性暴力被害の研究を進める日本女子大学名誉教授の大沢真知子先、労働問題に詳しい伊達有希子弁護士から、働く女性のメディアであるオトナサローネ編集部がお話を伺います。
司法の現場でも「どこからどこまでハラスメントか」判断が揺れることもある
個人的な話で恐縮ですが、いわゆる滋賀医大生事件で、女子学生に性的暴行を加えたとして強制性交等罪に問われた男子学生2人の控訴審が「逆転無罪」となった件は私には衝撃的でした。「疑わしきは被告人の利益に」という大原則がある以上、検察の立証に少しでも疑義があれば差し戻されるべきということは理解できます。しかし、感情的にはまったく理解できませんでした。
「この事件については判決文の全文がネットにアップされておらず、コメントができないのですが……」と伊達弁護士。
「もっとも、性加害は『被害者がどう考えているのかが大きく影響する』点が特徴です。たとえば残念ながら身近に頻発してしまう痴漢で考えてみると、被害者が絶対許さないから起訴してくださいという場合は起訴されているかもしれません。しかし、被害者との示談が成立すれば起訴されないという傾向にあると思います」
そう、痴漢や性的ないやがらせは「まったく経験したことがない女性が少数」というくらいに蔓延している、この事実も冷静に考えればとんでもないことです。
「ですよね。いっぽうで『被害の程度』に関する認識には、社会的な認識の軽重がにじみ出るのではないかと感じます。殺人と比較してどうなのかと捉えた場合、命はなくならなかった、それなら被害は軽いでしょうと認識されるのではと。ただ、重要なのは、この『被害の程度』もまた絶対的なものさしではないことだと思うのです。社会の側の認識として、立法的にも痴漢には重罰が課されていない、それは社会が持つ基準が反映された結果と言えるのではと」
つまり、先に痴漢をそれほど重いことだと捉えず容認する社会というものが存在して、あとからそれが『被害の程度』に反映されているということですね。
「結果的に、立件されにくいことが暗に『やってもいい』というメッセージになってしまうのではないか。この点は否定できません」と伊達先生。大沢先生もこの点に共通の課題感を持っています。大沢先生が続けます。
「伊藤詩織さんの事件も、民事では訴えが認められましたが、それぞれが開いた会見では山口さんが『自分は罪は犯していない、民事で賠償は認められたが自分はやっていない、自分も苦しかった』というようなことを語りました。この会見を見た海外のジャーナリストたちは、信じられない、悪いやつが捕まらないだなんてと驚いていました」と大沢先生。
「結局、フジテレビ事件のタレントも示談で収めて表面に出ず、リタイヤして逃げています。山口さんも刑事で問うことはできませんでした。これでは性暴力が容認されているに等しい。アメリカの#me tooでは、ワインスタインは終身刑になりました。比して日本の社会は性加害にそこまで厳しくないのです」
社会全体の「価値観のゆがみ」をみんなで正していく必要がある。でも、どうやって?
でも、一部の特殊な人間が起こす犯罪のせいで男性全体が加害者のように責め立てられるのも、少なくとも私は自分の周囲はそんなことをしないと信じたいので、ちょっとどうなのかと思いもします。大沢先生、この点はいかがでしょうか。
「もちろんごく一部の常習の人がいて、それはもう治療を必要とする病気だと感じます。ですが先のNHKの3万8383件の自由記述を見ると、もっと日常的に被害は起きています。社会が『口にしないほうがいいよ、明るみに出すともっとイヤな目にあうよ』と言っているから隠れている被害があまりに多いのです」
隠れている被害はなんとなく想像できます。自分に起きたことが被害だと認識できておらず、他の人が「つらかった」と言っているのを聞いて「あ、それ私も思えば経験あるかも」と思い出す例もありそうです。
「その通り、グレーゾーンが大きく、裁かれてもいないが故に、男女問わず私たち全員が自分に起きた被害を軽く見ています。社会的立場の高い、高潔であるはずの人物が日常的に加害しているケースもザラですから、本当にランダムにどの集団にも起き得ます。だからこそ、誰一人他人ごととはならない、みんなの問題なのです」
性暴力を軽く考えている社会的価値観を変えていく必要があるということは先ほども伺いました。ですが、長い時間をかけて作られた価値観ですから、そう簡単には変わらないのでは?
「その通り、男は強く、女は優しくあるべきだという社会規範は想像以上に重い。例えば、調査からはいじめにあった男の子が逆に『男らしくしなさい』と叱られ、結果的に加害に走る実態も見えてきました。必要なのは、自分たちの属する集団の価値観のゆがみに対する共通認識を改めてみんなで取ることです」
こう語る大沢先生ご自身が「私も2年かけてデータを読み込み、自分を教育しなおしたことで意識が変わってきたので」と語ります。
「違和感のある対応を受けたとき、以前の私は笑ってやりすごして周囲に合わせていましたが、いまは『その発言にはこうした課題があると思います』と提言して、みんなで話し合えるようになりました。結果的に、自分が自分の価値観を肯定できるようになりました。自分が正しくないと思うことをそう発言できることは、集団の心理的安全性を高めるチームビルディングのためにも本来的にいいことなのです」
分かり合いにくい、気づきにくい価値観を「分かち合う方法」とは何なのか
ここまでお話を伺ってきて、こうした性被害の背景にある価値観は専門家の大沢先生であってすら「日々勉強中です」と言うほどに文化ごとの基準が違うことに驚きつつ、伊達先生の「性被害に対する社会的な認識が軽いことが法的規制や教育のあり方に影響している」との解説には社会的コンセンサスの更新が重要と感じました。
しかし、そもそも考えの異なる集団が相互の価値観を理解しあうことはとても難しいのではないでしょうか。
「その通り、集団ごとに価値基準も違います。ですから、まずはその集団のメンバーが価値観を確認しあい、自分たちの基準を作ることが大事だと思うのです。外部のアドバイザーに『正解』の判断を仰いでいる限り、見当違いの記者会見を行って二次被害三次被害を生む可能性があります。しかしその集団が『ここから先が私たちの考えるNGです』と自分たちの基準を持っておけばメンバーの誰もが適切な判断ができる。その上で他の集団と話し合えばいいのです。『セクハラ対策マニュアル』の暗記ではなく、対話を始めることがフジテレビ事件以降の性被害防止に重要です」と大沢先生。伊達先生も続けます。
「これまで話したことがなかったけれど、実は女性はこういうことをイヤだと思っているんだよ、男性からすればこちらのほうがイヤなんだよと、お互いが口にできる状態を作ることがスタートなのだと思います。私も従来『言わない人が悪いよ』と思うタイプでしたが、いまは自分自身が『気持ちを言葉にしにくい人も意見を言える状況を作りだす場を構築しないとならないな』と感じます。みんなで考えよう、わかりあえない部分をわかりあうベストな方法は何だろうと、施策を考えるのが大事だなと思っています」
こうした具体的な実践のため、大沢先生が属する「チームX」に伊達先生も加わり、3月27日(木)14:00 〜 16:30に「セクハラによる企業リスクを学ぶ特別セミナー」が開催されます。オンライン、オフラインの同時開催。
「このセミナーではまずハラスメント事例を追ったドキュメンタリー映画『ある職場』の特別バージョンを上映します。続いて私が『職場の性暴力の実態と経済損失の推計』をお話してから、伊達先生と『セクハラを未然に防ぐために企業は何をすべきか』ディスカッションを行います」
特徴はその次、ブロックを使ったワークショップです。大沢先生が語ります。
「『レゴ®シリアスプレイ® ワーク体験「職場の現状・実態をレゴ®ブロックが明らかにする」』では、組織の抱える課題がブロックによって見える化されます。映画を見ることである程度課題が整理されていますから、映画の問いかけをロールプレイして、ブロックでワークをすることで課題解決につなげるという構成です。職場に持ち帰れば心理的安全性の高いチームビルディングに役立てられる内容ですし、個人で何かしらのモヤモヤを抱えている方に対しては一緒に問題を考える視点のベースラインを提供できます。不安は言語化することで必ず解消の糸口がつかめます、まずは参加してみてください」
つづき>>>フジテレビ事件の「なにが本当に問題だったのか」即答できない会社組織が「いま抱えているこれだけのリスク」。「仕方ないよね」的な社会認識のマズさとは
■お話
大沢真知子先生
日本女子大学名誉教授。専門は労働経済学、女性キャリア研究。日本ペンクラブ女性作家委員会委員。東京都女性活躍推進会議専門委員。南イリノイ大学経済学部博士課程修了。Ph. D(経済学)。コロンビア大学社会科学センター研究員。シカゴ大学ヒューレット・フェロー、ミシガン大学ディアボーン校助教授、亜細亜大学助教授・教授を経て日本女子大学人間社会学部現代社会学科教授。主な著書は『ワークライフバランス社会へ』(岩波書店、2006)『ワークライフシナジー』(岩波書店、2008)『ワーキングプアの本質』(岩波書店、2010)『妻が再就職するとき―セカンドチャンス社会へ』(NTT 出版、2012)『女性はなぜ活躍できないのか』(東洋経済新報社、2015)『なぜ女性は仕事を辞めるのか』共編著(青弓社、2015) 『21 世紀の女性と仕事(放送大学叢書)』(左右社、2018)『なぜ女性管理職は少ないのか―女性の昇進を妨げる要因を考える』共編著(青弓社、2019)等多数。
伊達有希子先生
新千代田総合法律事務所所属。経営法曹会議会員。第一東京弁護士会 労働法制委員会 委員。第一東京弁護士会 司法研究委員会LGBT部会 委員。人事労働、会社法務(商事・民事事件等)倒産法務などを手がける。主な著書は『賃金・賞与・退職金の実務Q&A』(共著 三協法規出版)『これからの法教育-さらなる普及に向けて』(共著 現代人文社)『裁判例を活用した法教育実践ガイドブック』(共著 民事法研究会)『詳解 LGBT企業法務』(共著 青林書院)