首都圏で中学受験率が過去最高を記録するなか、有名私大との系属校化や共学化に伴う校名変更、算数1科入試新設などの入試要項の変更、さらに2025年度はプチ・サンデーショックの影響も考えられるなど、受験環境は年々変化している。 首都圏中学受験の最新動向と受験直前期のアドバイスについて、SAPIX小学部 教育情報センター本部長の広野雅明氏に話を聞いた。志願者数は2024年度と同程度の規模に--まず、中学入試全般の現況について見解をお聞かせください。 コロナ禍を機に浮き彫りになった「公私間格差」が私立の受験率増加につながっているという論調がありますが、実際に公立が私立に比べて教育面で極端に劣るかというと、正直、疑問があります。今は公立でも1人1台のタブレットが当たり前ですし、昔と比べ荒れている学校も少なくなりました。公立高校入試についても、地域の公立トップ校を目指すなら努力は必要ですが、それ以外であれば中学校の授業をしっかり受けていれば合格できるでしょう。 そのような状況を踏まえたうえで、それでもなお私立中学を選ぶ理由とは何でしょうか。全国的には少子化が叫ばれる一方で、都心部では子供の人口が増加傾向にあります。もともと都心部の中学受験率は高かったのですが、近年は、私立や国立中学校、公立一貫校の教育への期待がさらに高まっていることが、受験率を押し上げている要因の1つではないかと考えられます。--昨年度を振り返りつつ、今年度の受験動向に変化はありそうでしょうか。 サピックスオープンは内部生が多数を占めますが、男子の受験者数は昨年より若干減少し女子は横ばいか微増となっています。現在の6年生は低学年次にコロナ禍を経験した学年であり、塾の入室制限が厳しかった時期と重なったこともあって模試の母集団としては男子が若干減少傾向にあります。ただ、他の模試などを見る限り、全体では昨年と同程度の人数規模で進行すると予測しています。最難関校の受験者数に関しては、全般的に横ばいか若干の減少傾向です。分布を見ると上位層の成績はほとんど変わっておらず、チャレンジ層が減少しています。プチ・サンデーショックの影響も…--志望者数の増減など、顕著な変化が見られる学校はありますか。 今年度、志願者数を増やしているのが慶應普通部です。昨年度から筆記試験の合格最低点や平均点などの入試結果を公表し始めたことで、受験生にとって合格基準が明確になり、受験者数が増加しています。また、2025年は2月2日が日曜日にあたるため、プロテスタント校である青山学院が入試日を2日から3日に変更したことが他校にも影響を及ぼしています。特に男子の場合、立教池袋、明治中野、明大明治といった大学附属校の2日入試が厳しくなる一方で、3日の入試がやや緩和される可能性があります。私大の入学定員厳格化が緩和されたことで一時は附属校人気が落ち着いていましたが、今年はGMARCHをはじめとする大学附属校の志望者増加という流れが再び見受けられます。--難関校の動向について教えてください。昨年度、男子では麻布・武蔵、女子では鷗友の志願者が10%近く減少しましたが、今年度の志願動向に影響は出ているのでしょうか。 鷗友に関しては一時的な減少から持ち直したものの、麻布や武蔵は依然として志願者減少の影響を受け続けている状況です。教育内容自体は非常に素晴らしいのですが、附属校人気や面倒見の良い中堅校の影響があります。特に神奈川県の聖光学院が東大合格者数を伸ばしている一方で、麻布はその数を減らしているのが現状です。ただし、先にも述べた通り上位層は大きく変わっておらず、チャレンジ層の減少が志願者数の変化に影響を与えています。志望者が減っているからといって入りやすくなるかというと、見ための数字ほど実際の入試の難易度に変化はないと考えた方が良いでしょう。--男子最難関・筑駒については昨年度に通学範囲を広げたことが話題になりました。 これにより受験生の数が増えたものの、住んでいる地域によっては筑駒と開成両方に受かって開成に進学するというケースも一定数ありました。通学時間の問題もそうですが、筑駒が1学年160名に対して開成は高校も含めると400名という規模の差があります。人数が少ない方が面倒見が良いと感じる人もいれば、逆に開成のように生徒数が多いことで、クラブ活動などの面で幅広い経験ができる点をメリットと感じる人もいます。この規模感を魅力と捉えるか、手厚いサポートを重視するかで進学先の選び方も変わります。 また、筑駒のような国立校は文部科学省の規定に従ったカリキュラムが求められますが、その点私立は柔軟に対応できるため、開成のように海外大学進学に向けたプログラムなどを充実させることができます。特に、海外大学を目指す場合は入試制度が日本とは根本的に異なりますし、奨学金などの確保の必要もありますので、そのノウハウが豊富な私立が有利です。1月は地方校の東京入試も選択肢に--埼玉・千葉といった1月校の動向についてはいかがでしょうか。 新型コロナウイルスの影響で一時期は埼玉・千葉の受験を避ける動きもありましたが、現在は完全に元の状態に戻り、1月受験は再び受験生にとっての大切な試金石となっています。 埼玉県では、栄東がこれまで1月10日と11日に分割していた入試日程を、2025年度から両方受験可能な形に変更しました。東大クラス、難関大クラス、東大クラスの特待生合格を目指す入試などいくつかの形態の入試があり、受験生は最大5回受験できるようになるなど、さらに多くの受験生を集めることが予想されます。開智学園では、2024年に開校した開智所沢が多様なコースを設置し定員を大幅に増加させています。昨年度同様、開智学園中高一貫部(さいたま市岩槻)との共通入試が実施され併願が可能になるため、2025年度もこの2校が注目の的となるでしょう。淑徳与野も、昨年度新設された理数・医学部を目指す「医進コース」が引き続き受験生に人気を集めています。ほかにも大宮開成や埼玉栄など進学実績が堅調で躍進している学校が多く、人気校がひしめいているのが埼玉入試の特徴です。 千葉県では、進学実績が向上した市川が安定した人気を保っています。共学化した光英VERITASのほか、芝浦工大柏、専修大松戸、麗澤、二松学舎柏、千葉日大一などの附属校も多く、個性豊かな学校が人気を博している印象です。 さらに、石川の星稜中学校や長野の松本秀峰が新たに東京入試を設け注目を集めています。北海道の北嶺や早稲田佐賀は依然として高い人気を誇り、寮のある地方の名門校も受験校として選択肢の1つとなっていることがうかがえます。いずれの学校を受けるにせよ、1月校の受験を経て2月に向けての準備を整えることが、合格への大きなステップとなるのは間違いありません。中高と大学の「高大連携」がキーワード--2025年度入試において注目を集めている学校を教えてください。 注目トピックとして話題になるのは、やはり東京農大第一です。2月1日の午前に新たに試験日を設定したことで、第一志望とする受験生がその日に挑戦することが予想されます。新校舎の完成や高校募集の停止といった背景のほか、東京農業大学の附属校ではありますが、基本的には中高6年間で大学受験を目指す進学校としての姿勢を貫いており、特に理系教育では生物系大学の強みを生かしたカリキュラムが理系志望者にとって大きな魅力となっています。 芝浦工業大学附属、芝浦工業大学附属柏も注目校として名があがります。芝浦工大自体が工学系のトップ校として高い評価を受けており、最新の3Dプリンターなどを備えた新校舎が話題です。共学化が進み、今後さらに人気が高まることが予想されます。他方、芝浦工業大学附属柏では、総合型選抜で難関大学を目指すカリキュラムに注力しており、探究学習や高大連携の取組みが進んでいる点もメリットに映るでしょう。--高大連携、特に内部進学の視点から、注目している学校を教えてください。 ほぼ生徒数と同数の推薦枠をもち、事実上の立教大学の附属校として人気を集めているのが香蘭女学校です。実際に学校説明会に参加すると、旗の台駅からも近く緑豊かな環境や校内の雰囲気、先生方の丁寧な指導や面倒見の良さを実感すると思います。6年間、大学を含めた10年間安心して子供を預けられる学校だと評価する保護者が多いのも納得です。 日本学園も2026年に向けて大きな変革を迎えます。共学化し明治大学の系属校になるという発表当初から受験者数が増えており、今年もその勢いは衰えていません。明治大学の数少ない系属校である点が人気を高める要因です。約7割が明治大学への推薦枠での進学といわれていますが、残りの3割の生徒には明治大学以上の大学を目指せる学力を育成しようと、先生方は非常に力を入れて教育に取り組んでいます。 また、順天堂大学との連携を進めている宝仙学園理数インターも話題です。首都圏では国公立の医学部が少なく、私立大学への進学を視野に入れる家庭は少なくありません。順天堂大学は医学部の評価が高く、共通テストで一定の基準を取れれば合格するチャンスが提供されるとあって、医学部を目指す生徒にとって大きなメリットとなっています。同じく医薬系で有名な北里大学との提携が決まった順天中学も、具体的な中身がまだ発表されていないにも関わらず、すでに偏差値に影響が出ているなど、保護者の関心の高さがうかがえます。 近年加速している私立中高と大学との連携に関しては、内部進学推薦枠が大きい学校一部授業や探究活動を一緒にやるのみといったものまで、学校によって協定の内容に差があります。どのような教育協定を結んでいるのか説明会でしっかり確認するなど、学校選びの重要なポイントにしてほしいと思います。面倒見の良い学校、理数系に強い学校が人気 大学附属校の偏差値が上昇する一方で、受験者を集めているのが日本工業大学附属駒場、足立学園、佼成学園です。これらの学校は、面倒見の良さや進学実績が評価されており、特に共働き家庭にとって安心して子供を預けられる環境が整っている点が大きな魅力です。女子校でも同様の傾向が見られ、千葉の国府台女子学院、鷗友学園女子、吉祥女子、洗足学園、田園調布などが人気を集めています。これらの学校は、昔からのブランド校とは異なりますが、進学校としての実力をつけ大学進学において結果を出していることが評価につながっています。 また、近年は理系教育に力を入れる女子校の進学実績が向上しています。「医進コース」を設ける淑徳与野、湘南白百合や山脇学園なども独自の入試方式やスーパーサイエンスハイスクールとしての活動に期待が高まっています。豊島岡女子学園では新たに「算数・英語資格入試」を導入し、算数の得点を2倍にして英検取得級によるみなし得点を加えた300点満点で合否を判定します。6年生の時点で英語ができる子は一定数いますが、さらに豊島岡女子学園の算数で高得点を取れる子というとかなり限られるので、理数系に優れた生徒を集めることを目的とした入試制度ととらえて良いでしょう。英検3級程度の英語力があり、かつ算数が得意な女子にとってはチャンスが広がるのは間違いありません。大切なのは基礎学力、そして「考える力」--昨年度の入試問題で見られた傾向を踏まえつつ、今年度考えられる出題についてお聞かせください。 学校の入学試験の目的はおもに2つあります。1つは、小学校の学習指導要領に基づいた基礎的な内容が身に付いているかどうかを確認することです。もう1つは、中学校に入学した後、その学校の授業についていけるかどうかを見極めること。授業で多くの記述を求める学校では、入試でも記述問題が多く出されるなど、学校が求める学力や教育方針が反映された問題が出題される傾向があります。過去問をしっかり学び、入試を突破することこそが、その学校の授業内容を理解し入学後に順応できるかどうかの1つの指標となります。 さらに、学校は受験塾での知識や解法を習得するための学習だけではなく、社会とのつながりや現代的な問題に目を向ける姿勢をますます重視しています。2024年度の開成ではAIによる文章の誤りを指摘する問題が、昭和学院秀英ではAI生成の画像について考察する問題が出されました。こうした問題は、AIやテクノロジーについての理解だけでなく、現代社会の出来事に関心を持ち、学校や家庭での学びを深めているかどうかが問われているのです。入試問題は時代のトピックが敏感に反映されますから、今年のパリオリンピックや衆議院選挙、大雨や地震などの自然災害に関する出題もみられるでしょう。また、最近の国語の入試問題では、昔の名作ではなく、ここ数年に書かれた文章を出題する学校が増えています。現代の作家がどのようなテーマに取り組んでいるか、格差社会であったりジェンダーであったり今を生きる子供たちに伝えたい問題意識を反映した問題が増えています。 ただ、こうして記述力や思考力という言葉がさかんにいわれてはいるものの、中学入試を通じて問われる力は今も昔も変わっていません。まず重要なのは塾や学校でよく出てくるようなオーソドックスな問題をしっかり解き、基本的な得点を取ること。そして、その基礎を応用した問題で差をつけることが狙いとなります。さらにそのうえで、ときには見慣れない問題や、考える力を問う問題が出されることもあり、こうした問題によって子供たちの能力や独自の思考力が試されるのです。長年にわたって入試問題を見続けていますが、毎年そういった問題を見ると本当に奥が深いと思わされます。偏差値=学校の価値ではない--これから受験日までラストスパートをかける小学6年生、保護者へのアドバイスを頂きたく思います。 1月になると、新型コロナウイルスやインフルエンザなどの感染症の心配が付きまとうと思います。ここ数年、1月に関しては対面授業かオンライン授業を受けるかを選べるようにしています。子供たち同士で切磋琢磨できる環境という対面授業のメリットは大きいですが、自宅で学ぶことも感染リスクを避けられる選択です。どちらが正解というわけではないので、日によって通塾とオンライン授業を使い分けるなど、保護者が状況に応じて判断しながら活用していただけたらと思います。 第一志望校合格はもちろん喜ばしいことですが、第二志望や第三志望の学校に進学する場合でも、他の人から見れば羨ましいほどの良い学校であることが多いです。第二志望や第三志望の学校であっても、教育内容が悪いというわけでは決してありません。むしろ、トップ校は面倒見が良くない場合もあり、その結果、成績が伸び悩むこともあります。それに対して、二番手や三番手の学校にある程度余裕をもって入学した方が、伸びる可能性が高い子もいるのが現実です。ですから、「ご縁のあった学校が一番良い学校」という気持ちで、学校の良い面を積極的に見てほしいです。 また、「偏差値のマジック」にも注意が必要です。偏差値は、同じ日・同じ時間帯に受験した際の入りやすさを示しているに過ぎず、それ自体が学校の価値を表しているわけではありません。たとえば、渋谷教育学園渋谷と開成を比較して、どちらが良い悪いとは一概には言えませんよね。それぞれの学校にはそれぞれの良さがあり、偏差値だけで判断するのは意味が薄い場合もあります。特に午後入試や1月校の入試では、偏差値の高い合格者は、実際には他校に多くが進学するケースもありますので、偏差値表を過信し過ぎないことも大切です。 これは他学年にもいえることですが、学校選びの際には減点法ではなく加点法で評価することを心がけましょう。実際に進学する学校に対して良い印象をもっていると、入学後も前向きに取り組むことができます。一方で、マイナス面ばかりを見て選んでしまうと、せっかくの合格も心から喜べなくなってしまいます。どんな学校にもマイナスに映る点はあると思いますが、良い点に目を向けることで、より良い学校選びができるはずです。説明会や学校行事に参加することが難しくても、ぜひ何らかの形でお子さんを連れて学校の雰囲気を感じてみてください。放課後のようすや下校時の子供たちの姿を見るだけでも、その学校のイメージが大きく変わることがあります。学校をよく見たうえで、後悔のない選択をしていただけることを願っています。--ありがとうございました。 受験勉強もラストスパートを迎え「最後の数か月をどう過ごすかが合否に直結するのでは…」と気負ってしまう親も少なくないだろう。そんな胸中を察するかのように「受験はあくまで1つの通過点であり、その先に続く学びや成長を見据えて前向きな気持ちで本番に臨むことが大切」と広野氏は強調する。来たる2月1日まで、親子ともども体調と気持ちを整えてどうか悔いのない受験を迎えてほしい。