
首都圏では、いまや2月の一大イベントともいえる中学受験。首都圏模試センターによると、2026年度入試の私立・国立中学受験者数は52,050人(前年比99.5%)にのぼり、過去40年で4番目の多さとなりました。
クリエイティブソフトウェア企業に勤務する優子さん(仮名・48)も、小学校低学年で発達障害グレーゾーンといわれた次女・A美ちゃんと二人三脚で、「6年生からの中学受験」に取り組んでいます。現在は、「発達障害、グレーゾーン、不登校などに対応するプロ集団」とされる家庭教師紹介会社の家庭教師に頼りつつ、「少人数制で、インクルーシブ教育に理解がある中学校」を目指して、日々伴走しています。
【どうする?小学校受験と中学校受験】#14前編
不登校だった女子児童が「無理のない中学受験」を目指す理由は「少人数制の私立に行きたい」

画像:首都圏模試センター提供
「今、娘は小学校6年生です。家庭教師をつけたのは6年生の4月なので、中学受験としては明らかに遅い部類です。4年生の頃にも一般の個別指導塾に通わせてみたのですが、『学校に行くだけでぐったり』で、ベッドに倒れ込み体を引きずるように家を出ていく様子を見て、辞めさせてしまいました。次女は、1年生と2年生は不登校だったんです」
今も「中学受験で、無理はさせたくない。学校に行けていれば100点満点」というスタンスは変わらないそうです。
「とはいえ、特性上、少人数制の私立のほうが合っているとは思いますし、本人もできるなら、苦手なお友だちと同じ地元の公立には進みたくないようです。今思うと、4年生で個別指導塾を辞めた後に、家庭教師を手配してもよかったかなとは思います」
優子さんがA美ちゃんのために頼んでいるのは、「全員社員」という特徴で話題の、発達障害やグレーゾーンの子に対応している家庭教師サービスです。
「家庭教師の先生からは、『学校の勉強の遅れを取り戻すように、今は真綿が水を吸うように学力が伸びています。もう少し早ければ、近隣の自由な校風の伝統校も視野に入れられましたが、そこを目指すには少し遅かったと思います』と言われました。子供に対しては優しく接してくれるのですが、親にはそうやってはっきり言ってくれるのもありがたいです」
同じ先生からは、「伝統校や難関校は難しくても、大規模な公立中学校より、多様性を重んじる少人数制の私立のほうが合うと思います」と助言されたそうです。
「私もそう思いますし、もし小学校受験をして小規模な私立に進学していたら、本人は今より過ごしやすかったかもしれないという後悔もあります。そう思うと、『本人が嫌がらず、なおかつ受け入れてくれる私立があるのなら』と親としても望んでしまいます」
小規模の「手厚すぎる」保育園からマンモス小学校に進んだ1年生の「衝撃」
A美ちゃんは、小学校に入学した直後にも「行きしぶり」が見られたそうですが、その頃は2週間に1度ほど休む程度。1年生の夏休み明けに、完全な「不登校」状態になってしまったと、優子さんは振り返ります。
「入学当初も、集団登校の途中で泣きながら帰ってきてしまったことが何回かあり、近所に住む義父と愛犬に毎日送迎をしてもらっていました。当時はそこまで深刻には捉えていませんでした。というのも、娘は私が勤めている企業が入っているビル内の少人数制の保育園に通っていて、そこはまるで『親戚の家に預けた』ようなアットホームな環境だったからです」
卒業当時、5歳児クラスは7人しかおらず、ほぼ「3人に1人、先生がつく」ほど手厚い環境だった保育園。
「何人かの先輩ママに『ここは最高だけど、大規模な公立小学校に進むとキツいよ。その分、私立小学校受験に強いけど』と聞いていたので、少しは覚悟をしていました」
英語や体操などのカリキュラムも豊富で、有料の幼児教室への送迎サービスもあったため、私立小学校やインターナショナルスクールへ進学する子も少なくなかったといいます。
「ただ我が家は当時、夫婦ともに職場が遠くて忙しく、長女も公立で楽しく過ごしたので、公立でいいかなと小学校受験は考えませんでした。長女は公立の保育園に入れたので大人数に慣れていて、環境は違いました」
次女と同時期に同じ保育園を卒業した7人のうちの3人は私立小学校へ進学する中、優子さんは公立小学校への進学を選びました。
「公立小学校は家から近く、生徒数は多いながら評判も良い学校です。ただ、同じような小さな幼稚園や保育園出身で、マイペースなタイプの子は、最初は大人数に圧倒されて行きしぶってしまうんですよね。そのときの対応はご家庭によってさまざまで、『付き添って通学させる』方もいれば、『一旦オンライン授業に切り替えてスクールカウンセラーさんに相談する』方もいらっしゃいました。でも、だいたいみんな2学期になる頃には慣れていたのですが……」
長女の時の「行きたくない」とは明らかに違う不登校のサインを感じて、オンライン学習に切り替えた日
A美ちゃんはまったく逆で、「一旦慣れたと思ったら、2学期から本格的に不登校になる」という形になったそうです。
「まず、夏休み前のプールの授業で、『地獄のシャワー』と呼ばれる冷たいシャワーを怖がって、朝から大泣きしました。吐くほど泣いたので、『これはまずい』と数日休ませ、そのまま夏休みに入りました」
2学期が始まると、送迎係を買って出てくれた義父を心配させるほど無表情になり、「行きたくない」と一歩も動かなくなってしまったA美ちゃん。
「声も出さずに涙だけが流れ、無理に行こうとするとお腹を下してしまい、小児科で整腸剤をもらうこともありました。そんな日はお休みさせました。夜も、小さな物音で目を覚まして泣くようになり、通学を諦めて義父母の家でオンライン学習をさせてもらうことにしました」
A美ちゃんには6歳年上の姉がおり、小学校入学当時はちょうど中学1年生。優子さんは、子育て経験があったからこそ、「長女の『行きたくない』とは明らかに違う」と感じ取ったそうです。
「長女も、夏休み明けは『行きたくない』とごねたり、『ダルい、めんどい』と腹痛のふりをしてプールをサボったこともあります。ちなみに2人とも3歳の頃にスイミングスクールへ通わせたのですが、続いたのは長女だけで、次女はプールが大嫌いでした」
長女はヒップホップダンススクールに夢中になり、「ダンス仲間とダンス部に入りたい」と中学受験を選ばず、地元の公立中学校へ進学。現在は都立の進学校に通い、優子さんの夫である父親の出身校でもある芸術系大学を目指しているそうです。
「ママが大好き」で分離不安のあった次女は、昔でいう「保健室登校」から徐々に教室へ
一方、次女は6年生になった今でも、「けんかをすることはあっても、反抗的な態度はほとんど見られない」と優子さんは話します。
「長女は根は優しいですが勝ち気でやんちゃな性格。次女は素直で言葉遣いも丁寧。家ではしっかりしています。でも、1年生の2学期から分離不安がひどくなり、2学期はまるまる自宅でオンライン学習をしました。3学期からは、夫と私が交代で仕事を休み、『校内サポートルーム』(仮名)という、昔でいう保健室登校のような少人数で過ごせる居場所に通う次女を見守り続けました。義父も手伝いを申し出てくれたのですが、義母が病気になってしまい、申し訳なくて遠慮しました」
『校内サポートルーム』は、少人数で落ち着いた雰囲気の部屋だったそうです。保育園に近い安心感を感じたのか、次女は少しずつ環境に慣れ、やがて両親が付き添わなくても、一人でその部屋で学習できるようになりました。
「今振り返ると、『学校へ戻さなきゃ』と焦らず、子供が安心して過ごせる場所を一つ作れたことが大きかったと思います。勉強よりも、『学校は怖い場所じゃない』『外へ出ても大丈夫』という感覚を少しずつ取り戻すことを優先しました」
その後、少しずつ教室へ入れる時間が増え、現在は通常学級で学校生活を送りながら、中学受験にも挑戦しています。優子さんは、「無理をさせてまで難関校を目指したいわけではありません」と強調します。
「私たちが目指しているのは、偏差値ではありません。娘が安心して通えて、自分らしく過ごせる学校です。だからこそ、少人数で先生との距離が近く、多様な子供を受け入れてくれる私立中学校があるなら、挑戦してみたいと思いました」
つづく関連記事では、発達障害グレーゾーンや不登校傾向のある子供が中学受験をする上で、家庭教師から受けた具体的なアドバイスや、「我が子にあいそうな私立中学校」をどのような基準で探したのかについて、詳しくお聞きしました。
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