
こんにちは。「ひとりも見捨てない子育て手札の提案者」として年間数百件以上の子育て相談に乗っているきのぴー先生です。児童自立支援施設に併設された小中学校に勤務し、生徒指導主任を務めました。愛情や正論だけではなかなかうまくいかない子どもとの関わり。この連載では、理想論や正論だけでは届かないところにある、泥くさい現場で培ってきた子どもとの関わり方のヒントをお届けしていきます。
【きのぴー先生の子育て手札 #5】
スマホ依存は本当に危ないのか?
スマホ依存は危ない。
これは、世界各国の研究や大学の調査でも、繰り返し指摘されている事実です。睡眠の質の低下、学力への影響、依存傾向の強まり。こうしたデータを見ると、「やっぱりスマホは制限しなければいけない」と感じるのは、ごく自然なことだと思います。
だからこそ、多くの家庭で「どう制限するか」「どう取り上げるか」という議論が起きます。時間を決める。夜は預かる。ルールを破ったら没収する。どれも間違いではありませんし、一定の効果を発揮するケースもあります。私自身も息子がスマホを手にする時は必ず約束事を決めるかと思います。その前提の上に立ってもなお、現場に長く関わっていると、もう一つの現実も見えてきます。
それは——
制限に躍起になるほど、うまくいく家庭とうまくいかない家庭があるということです。むしろ、強く制限すればするほど関係が悪化してしまったり、子どもが隠れて使うようになったり、状況がさらにこじれてしまうケースも少なくありません。ここで一度、「スマホが悪である」という部分から考えていきたいと思います。
▶スマホ=危険なもの!?
そもそもスマホは「危険なもの」なのか?
私たちはつい、「スマホ=危険なもの」として捉えがちです。依存、トラブル、視力低下、SNSの問題…。確かに、そうした側面はあります。しかし、この捉え方には一つ大きな落とし穴があります。
それは——
“スマホそのもの”を問題視してしまっていることです。極端な例ですが、スマホを“武器”のようなものだと考えるとわかりやすいかもしれません。
たとえば包丁。包丁は危険です。だから触らせない、という選択もあります。一方で、料理を仕事にしている家庭では、小さい頃から包丁に触れさせていることもあります。もちろん、いきなり自由に使わせるわけではありません。使い方を教え、危険性を伝え、少しずつ扱えるようにしていくかと思います。外から見れば「そんな小さいうちから危ないのでは?」と思われることもあります。でも、その家庭では「どう扱うか」を前提に包丁をもたせています。危険なのは織り込み済みで、それとどう向き合っていくかを、おそらく一般家庭よりも事細かに、丁寧に、親御さん自身も包丁と向き合う姿を見せながら、伝えているかと思います。
つまり——
道具の善し悪しは、それ単体で決まるものではなく、使い手と文脈によって変わるものかと思うのです。
他にもギター。ある家庭から見たらロックンロールなど野蛮なものに見えるかもしれません。現に著者も中学からギターを始め、未成年ながらタバコに誘われる回数がライブハウスに出入りすることで格段に増えました。けれど、音楽によって救われるものがたくさんありました。スマホも全く同じです。とはもちろん言い切れませんが、私は似た側面があると、そう思っています。
▶スティーブ・ジョブズか我が子にはスマホを持たせなかった話の「続き」
「スマホ=悪」と決めつけることの危うさ
スティーブ・ジョブズが、自分の子どもにスマホを14歳まで持たせなかった、という話は有名です。このエピソードだけが切り取られ、「やはりスマホは子どもに悪影響なのだ」と、発信者のポジショントークで流暢に語られることもあります。
しかし、この話には続きがあります。彼は同時に、家庭の中でテクノロジーについて深く対話をしていたとも言われています。つまり「与えない」だけでなく、「どう向き合うか」をセットで考えていました。一方で、現場で見てきた子どもたちの中には、スマホによって救われているケースも数多くあります。
・不登校の子どもが、オンラインを通して社会との接点を持ち続けているケース。
・引きこもりの子が、ゲームやSNSの中で居場所を見つけ、少しずつ外に出るきっかけを掴むケース。
・現実の人間関係で傷ついた子どもが、動画やコミュニティを通して心を回復させていくケース。
もちろん逆もあります。スマホによって生活リズムが崩れたり、依存が強まったり、トラブルに巻き込まれるケースも当然あります。つまり、スマホは「悪」でも「善」でもなく、その子の状況によって、いくらでも役割が変わるものである、という認識が重要かと思うのです。
▶親が一番やってはいけないこと
一番危ないのは「良いか悪いか」の判断軸のみで思考をすること
ここで一つ、はっきりさせておきたいことは、スマホが良いか悪いかに囚われること自体が、一番危険であるということです。
なぜなら、その瞬間に私たちは“目の前の子ども”を見なくなるからです。正論はとても強いです。「依存はよくない」「制限すべきだ」。どれも正しいです。だからこそ、私たちは安心して語気を強めてしまいます。
「私たちは正義である。あなたがおかしい」と。こうなってしまうと、通るものも通らなくなってしまいます。正しさに寄りかかりすぎたとき、私たちの関わりは雑になってしまいます。これは会社の上司部下の関係性でもよく見られます。できてない少数の部下がいれば、「他ができているのだからお前が悪い。なんとかしろ」というマネジメントになってしまうのです。いやいやそんな、と思われるかもしれませんが、これは現場で多く見られるマネジメントです。自分たちが正義の側にいる時、言葉や態度はどんどんと鋭利になっていくものなのです。
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