
「歩荷(ボッカ)」の仕事は、想像の10倍ハードだった。クマの気配が漂う山道で、知床育ちの最強女性・サカキバラさんから「ぐずぐずしてると危険です!」と叱咤され、延命水に命を救われ、露天風呂では星空を眺めながら見知らぬ女性と語り合う――。
63歳にして歩荷に挑戦した、ライター・神舘和典氏は、山小屋で働くという非日常を体験し、「山を愛する人ってとにかく気持ちがいい」と感じたといいます。一体、どのような人が、どのような理由で危険と隣り合わせでもある山で働いているのでしょうか。
神舘氏がノンフィクションで綴る“体験型職業ガイド”。スイカを背負い、くたくたになりながらも山小屋を目指す「歩荷」のエピソード、その後半戦をご紹介します。
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『63歳、スイカを背負って登山するバイト。お腹はキュルキュル、脚はガタガタ…。山小屋の歩荷(ボッカ)求人は想像以上に過酷だった』
※本記事は書籍『60歳からのハローワーク』(神舘和典:著/飛鳥新社)から一部抜粋・編集したものです
命よりも食糧、それが歩荷バイト…
道中の会話で知ったが、彼女は北海道の知床出身だという。オホーツク海に突き出た知床半島といえば、世界自然遺産の1つ、ありのままの自然が保存されている。そして、サイズも大きく凶暴なヒグマが生息している。その地で彼女は冬は雪をかき分け、片道2時間をかけて小学校に通ったそうだ。基礎体力が僕とは圧倒的に違う。関東の山岳地帯を歩くなど、彼女にとっては屁でもない。
「コウダテさん!」
「はっ、はい!」
「私たちの仕事は山小屋に食糧を運ぶことです」
「理解しています」
「背中に、いい香りの食べ物を背負っています」
「はい」
「クマは敏感です。遠くからでも食べ物のにおいを察知します」
「はい」
「警戒してください」
クマは人間の約5000倍の嗅覚を持つとなにかで読んだ。
「クマに狙われるならば、食糧はどこかそのへんに捨てていったほうがいいのでは?」
「それでは、私たちが山小屋に行く意味がなくなります」
「そうかもしれませんが……」
命のほうが大切なように思うのだが、彼女にとっては食糧のほうが優先順位は上だ。従うことにした。
「スピードを上げましょう」
「はい」
2025年は日本全国でクマとの遭遇情報、被害情報が頻繁に報じられている。この本を書いている時点で、クマによって命を失った人は、過去最高の6人を大きく上回り13人(11月9日・観光庁)。年度上半期(4〜9月)のクマ出没件数は2万792件(同)。これは過去5年間で最多。まさか歩荷が命がけの仕事になるとは思わなかった。
「私はここで仕事を見つけようと思っています」
やや平坦な道になったとき、サカキバラさんが不意に後ろを向いて言った。
「歩荷ですか?」
「いえ」
「ほかに仕事があるんですか?」
「今日待ち合わせたスーパーがありますよね。あそこです。いつもあのスーパーで食糧を買っていますが、この5年くらい、お店の人の顔ぶれはずっと同じです。働く環境がいいんでしょう。私も5年後くらいに雇ってくれないかなあ、とねらっています。だから、今から頻繁に買い物をして、いい印象を残しておきたいんですよ」
彼女は毎週ただ山に登っているだけではない。ただ、歩荷をしているわけでもない。ここで職と次の生活を得ようとしている。50代のうちに60歳以降の仕事を探すのは賢明だ。
サカキバラさんは近い将来この土地で暮らす想定で、毎夏一度は夫や息子を山に誘っているそうだ。山になじんでほしい。しかし、どうやら父子は彼女とは違い〝文化系〞で、なかなか来たがらない。山に連れてこようとする母。できるだけ来なくてすむようにする父子。家庭内で攻防が続いている。息絶え絶えで登ってきた身としては、父子の気持ちがよくわかる。
ホカホカのクマの〝黄金〟を発見!
「コウダテさん!」
サカキバラさんが緊張した顔でふり向いた。
「はい!」
「見てください」
サカキバラさんが指さす地面にはホッカホッカの〝黄金〞があった。やや緑がかっていて、銀バエが2匹たかっている。
「まだ新鮮ですね」
「クマです。獣臭もあります。間違いなく近くにいます。急ぎましょう!」
ドキドキした。
少し進むと湧水が流れていた。近くの小川に注いでいる。その横に「延命水」と書かれた札が下がっていた。
「これを私たちは命の水と呼んでいます」
サカキバラさんが教えてくれた。
「湧水を浄化しているので、飲んでも大丈夫ですよ」
言われるまま飲むと、冷たくて実においしい。ほんとうに延命しそうだ。リュックにぶら下げたペットボトルの生ぬるい水も捨てて、延命水に替えた。
「コウダテさん、行きましょう」
サカキバラさんが急かす。
「ちょっと待ってください。水を入れ替えています」
「私たちにとっておいしい水は、野生動物にとってもおいしい水です。クマも飲みに来ます。これ以上ぐずぐずしていては危険です」
説得力のある指摘だ。その言葉で僕は水をあきらめた。
「はい! 行きます!」
クマの餌にはなりたくない。サカキバラさんの指示にしたがい、森のさらに奥へ奥へと進んでいった。
「コウダテさん!」
サカキバラさんの声がそれまでと違うトーンになった。ついにクマが出たか。
「はい!」
「着きました。お疲れ様です」
彼女が前方を指さす先の傾斜の上に木造の古くて大きな山小屋が建っていた。たどり着けてよかった。全身から力が抜けた。山小屋では、オーナー夫人や先に着いていた歩荷の人たちが明るく出迎えてくれた。オーナーは不在だった。ふもとの街に森高千里のコンサートを観に行ったそうだ。
玄関で登山靴を脱ぐ。駐車場からここまで約4時間半。山になれた人は2時間ほどでたどり着けるらしい。常連の歩荷の人たちは1時間半で来られるそうだ。自分の体力のなさを思い知らされた。それでもとにかくクマに対面せずにたどり着けた。
歩荷はこれまでにやったゴミ収集やホテルの仕事とは比較にならないほど厳しい。しかも、30分ほど休憩したら今度は山小屋での労働も待っている。
男女混浴の露天風呂と満天の星は、歩荷バイトならではのご褒美?
登山靴を脱いで山小屋に上がった。板張りの床がミシミシと音を立てる。小屋といっても、ここはかなり大きい。部屋数は20あり、70人まで宿泊できる。この日は50人の登山客が宿泊の予約をしていた。
厨房に入ると、賄いのカレーライスを用意してくれた。むさぼるようにかき込む。おいしい。身体に力が戻ってくることをリアルに感じた。休憩後、オーナー夫人の指揮で、山小屋の従業員と歩荷たちが協力し合い、50人分の食事の支度をする。調理は料理長がいるので、配膳と後片付けが主な仕事だ。
この日はオーナー夫人を含め3人の常駐従業員のほかに、歩荷がサカキバラさんと僕を含めて5人。それぞれ本職とのWワークだった。週末の度に山小屋の仕事をしている。毎週険しい道を上り、クマのいる林を抜けてくる。よほど山が好きでなければやれない。
食事は宿泊客全員一緒。大広間で食べてもらう。メニューはけっこう豪華だ。牛肉の石板焼き、鮎の煮つけ、サラダ、小鉢、ご飯、味噌汁、漬物。山を歩いた後で誰もが空腹なのだろう。50人みごとに全員が完食だった。
食事の片づけを終えると従業員の賄い飯の時間。ご飯もおかずも山盛り。従業員たちもすごい食欲。食後には、僕が運んだスイカももてなされた。あのスイカはサカキバラさんから山小屋への差し入れだった。
賄いを食べ終えると、あっという間に消灯時間。この山小屋には〝文明〞はない。ネットはつながらない。ケータイの電波もつながらない。電話線もなく、宿の電話は高額な衛星電話。電気も来ていない。自家発電で電気量が限られているので、照明を使えるのは午後6〜9時だけ。深夜、トイレだけは明るいが、そこまでは持参した懐中電灯で足元を照らして歩く。
風呂の湯は源泉。高温なので、湧水で冷ます。石鹼やシャンプーは使えない。川の水を汚すからだ。内風呂と露天風呂があったが、露天はほとんどの時間帯が混浴。宿泊客も従業員も、男も女も一緒に入る。漆黒の闇なので、隣にいる人の顔もわからない。
一緒に働いた歩荷の男性に勧められて、僕も露天に浸かり、近くにいる顔も年齢もわからない登山客の女性との会話を楽しんだ。空を見上げると満天の星。
「この星空が見たくて、毎年山道を歩いてきます」
闇の中で見ず知らずの女性は言った。その気持ちは少しだけわかった。星に包まれ、まるで宇宙で湯に浸かっているようだった。
消灯時間の9時には宿泊客も従業員も全員就寝しなくてはならない。起きていても、た
だ闇だ。僕には離れの部屋をあてがわれた。20畳くらいの大部屋に1人。9時の消灯と同時に泥のように眠った。それでも、頻尿なので尿意で起きる。懐中電灯の光を頼りに離れから母屋に向かい、長い廊下を歩いてトイレを目指した。
離れの前の庭はテント泊のスペースで、その夜は3組が野営していた。テント派の人たちはトイレや風呂は山小屋のを使い、食事は自炊する。食料とともに野営するなんて、クマは怖くないのだろうか。彼らの勇気が理解できない。
帰路も1人クマを警戒して歩く
起床は5時。5時半には朝ごはんの支度を始める。朝食も大広間で50人全員が一気に食べた。食べ終えると、宿泊客は次々と小屋を後にする。8時には客は誰もいなくなった。山の天気は変わりやすい。晴れているうちにふもとに下りたいのだ。
一方、従業員は朝食の後片づけをして、掃除をしたり、シーツ類を洗濯したりして、その後それぞれ帰路につく。しかし、想定外の状況になった。サカキバラさんが山小屋でもう1泊働くという。すると、僕は1人で山を下りなくてはならない。
熟睡できたので、体力は回復している。帰路はスイカがないので、荷は軽い。1人なら自分のペースで山を下ればいい。ただ、心配なのはクマだ。帰路は食糧を持っていないのでいいにおいを発することはないけれど、山道で迷うのが怖い。1人でうろうろしていたらクマに食べられてしまう。
山小屋を発つときに地図をもらい、道を間違えそうな分岐点を詳しく教えてもらった。山の人たちは、北海道のヒグマと比べて本州のツキノワグマはサイズも小さくおとなしいから心配しなくていいと言う。
しかし、そんなはずはない。本州でのツキノワグマの被害も報道されている。怖い。山小屋を出発したらひたすら速足で林を抜けた。往路は4時間半かかった山道を復路は2時間半で歩いた。クルマを停めていた駐車場に着いたときは、心の底から安堵した。
下山の途中、背後からクマ除けの鈴の音が近づいてきた。人が後続してくる。誰にも会わずに来たのでほっとした。やがて追い付いてきたのは、山小屋で一緒に働いた歩荷の男性だった。心配して追ってきてくれたのだ。途中の避難小屋まで同行してくれた。ありがたかった。
歩荷をはじめ山小屋の仕事は、山を愛する人にはこれ以上ない仕事だと思う。そもそも山男や山女は仕事じゃなくても山に登る。どうせ登るならば食糧を運べば収入になる。多くの人に感謝される。それに、山小屋に滞在中は入浴のほかにやることはない。だったら働いたほうが人の役に立つ。クマに食べられるリスクを感じながら外を散歩するよりははるかにましだ。
とくに満天の星を眺めることに幸せを感じられる人に勧めたい仕事だ。ただし、自分には向かないと思った。体力的に難しいと実感したことは大きいが、そもそも山に興味がない。緑輝く景色を眺めて、澄んだ空気を吸うのは気持ちいい。しかし、そのために荷を背負って何キロも登って行く気持ちになるのは難しい。
それでもはっきりと言えることがある。山で出会えた人、一緒に働いた人は例外なく気持ちがよかった。歩荷の仕事を最高と思える自分になりたいと思った。
著者略歴:神舘和典(こうだて・かずのり)
1962(昭和37)年、東京都生まれ。ライター。音楽、スポーツ、文化、政治・経済まで幅広い分野で取材・執筆。ミュージシャンのインタビューは国内外400人を超える。『不道徳ロック講座』『墓と葬式の見積りをとってみた』『新書で入門 ジャズの鉄板50枚+α』、西川清史氏との共著『うんちの行方』(以上新潮新書)、『上原ひろみサマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。
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