今回は、多くの夫婦から相談を受ける行政書士、ファイナンシャルプランナーの露木幸彦が「離婚時の親権」という問題に迫ります。
突然ですが、問題です。離婚する夫婦が一番多いのは何月でしょうか?
正解は3月です。他の月は1.5万組の前後で推移しているのに、3月だけ2万組(2023年の厚生労働省、人口動態統計)と突出しているのです。なぜでしょうか?もし、新しい気持ちで新年をむかえたいのなら、もっとも離婚が多い月は12月ですが、そうではありません。3月は新年ではなく「新年度」の境い目だという点に注目してください。もし、成人していない子どもがいる場合、父親と母親のどちらが引き取るのか…親権の所在を決めないと離婚することはできません(民法819条)。
子どもがいる夫婦にとって学校への影響を最小限にとどめることが重要です。もし、それ以外に月に離婚し、子どもの苗字が学期の途中で変わってしまったら大変です。心ない同級生から偏見の目でみられ、いじめの対象になる危険があります。
一方、3月に夫婦が離婚し、4月に子どもが新しい苗字で進級すれば、色眼鏡で見られる確率は大幅に減ります。実際のところ、2023年の離婚件数は18万組ですが、その半分の夫婦には未成年の子どもがいます(未成年の子ありが9.4万組、なしが8.9万組。厚生労働省の2023年、人口動態統計)。
今回の相談者・後藤絵里奈(42歳・仮名)も3月のタイミングで離婚を考えている一人です。後藤夫婦には9歳の息子さんがいるのですが、絵里奈さんは「ちょっと言い過ぎかもしれませんが…息子にとって主人は害でしかないんです。息子のために距離を置きたいんです!」と切実に訴えかけます。筆者は行政書士、ファイナンシャルプランナーとして夫婦の悩み相談にのっていますが、育児方針の違いで離婚を検討するケースは珍しくありません。
息子さんはもともと手のかかる性格。学区内の公立小学校に通っていたのですが、なかなか馴染めずに孤立していました。そんななか夫は「今まで甘やかしすぎたんだ。あいつの性根を叩き直さないと社会に出たとき、大変なことになるぞ!」と言い、息子さんを全寮制の小学校に転校させたのです。
しかし、たいして息子さんの気持ちを聞かなかったこともあり、転校先でも態度を改めず、「ある出来事」をきっかけに学校から見放されてしまったのです。こうして息子さんは夫婦の元に戻ってきたのですが、今まで以上に情緒は不安定になり、食事の好き嫌いは激しくなり、夜に眠れないので昼間にウトウトすることが増えたそう。このことがきっかけで絵里奈さんは「主人と引き離さないといけない!」と思い至ったのですが、12年間の結婚生活のなかで何があったのでしょうか?
なお、本人が特定されないように実例から大幅に変更しています。また夫婦の年齢や教育方針の違い、子どもの年齢や性格、特徴、そして離婚に至る経緯や親権の行方などは各々のケースで異なるのであくまで参考程度に考えてください。
<家族構成と登場人物、属性(すべて仮名。年齢は現在)>
夫:後藤楽人(44歳)→会社員(年収500万円)
妻:後藤絵里奈(42歳)→派遣社員(年収250万円) ☆今回の相談者
子:後藤飛朗斗(9歳)
【行政書士がみた、夫婦問題と危機管理】

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「少し難しいところがある子なんですが…」と絵里奈さんはため息をつきます。息子さんはかなり我が強い面があり、これを決めたら曲げようとしないので、絵里奈さんを悩ませていました。
例えば、息子さんが4歳のときのこと。絵里奈さんと一緒にスーパーへ買い物に行ったときです。息子さんは欲しいお菓子を見つけたのですが、絵里奈さんは「また今度ね」と言い、買ってあげようとしません。そうすると息子さんはお菓子売り場に座り込み、「*@#$――――!」という奇声を上げ、並んでいるお菓子をラックから外そうとするのです。
結局、絵里奈さんは息子を抱え上げ、「申し訳ありません」と頭を下げながら、スーパーを後にすることに。それ以降、スーパーに買い物へ行くときは、息子さんはエアコンをつけた状態の車のなかで待機。Foorinの「パプリカ」をエンドレスで再生し、息子さんがそれをマネして歌っている間に、絵里奈さんは大急ぎで買い物を済ませ、すぐに車へ戻るという繰り返しでした。
「育てづらい」わが子に、正面から向かい合わない夫
そんなふうに息子さんは扱い方が難しい面があります。筆者は「旦那さんはどんなふうに接していたのですか?」と投げかけると、絵里奈さんは「子どもには1日1時間までしか動画視聴をさせないって決めていたのに…」と振り返ります。例えば、絵里奈さんの母親が自宅で転倒して骨折したときのこと。母親が入院する際、父親は何を準備していいか分からないので、絵里奈さんを頼ってきました。そこで絵里奈さんは半日かけて実家と病院を往復し、サポートに行かなければいけなくなりました。絵里奈さんが家を留守にしているあいだ、息子さん(当時5歳)のことは夫が見ていたのです。
しかし、夫は絵里奈さんが戻ってくるまで、ずっとタブレットでYouTubeを再生し続けたと言うのです。息子さんは集中力が高いので、結局、6時間休みなく動画を見続けたので、絵里奈さんは夫を「約束が違うじゃないの!」と叱ったそうです。
そんななか息子さんは小学校にあがってからも、問題を起こします。息子さんはずっと座っているのが苦手なタイプ。例えば、給食の時間はすべて食べ終える前に、教室の外で走り出し、校庭の遊具で遊び始めたことがあったそう。机の上に残された食器、料理は担任の先生が片付けるしかありませんでした。これはあくまで一例ですが、夫と絵里奈さんは呼び出され、先生に「ご家庭ではどういう教育をしているんですか!」と叱責されてしまったそう。絵里奈さんは「通知表に生活態度に問題があると書かれてしまいました」と嘆きます。
筆者が「旦那さんは息子さんのことをどう考えているのでしょうか?」と尋ねると、絵里奈さんは「あの人はあの人なりに考えているようなんです」と答えます。例えば、「このままじゃ大変なことになるぞ!飛朗斗はこんなふうだから、いい大学を出て、いい会社に入らないと、お先が真っ暗だ!」と言い、息子さんを学習塾に入会させたり、家庭教師を雇ったり、英会話の習い事に通わせたりしたのです。
しかし、学習塾では禁止されているスマホを何度も持ち込んだので退会させられたそう。そして家庭教師(大学生のアルバイト)に対し、息子さんは「教え方が悪いから覚えられない!」と文句を言い、家庭教師の子が何度も辞めてしまうのです。また習い事は何度もすっぽかし、教室に行かないことが続いたとのこと。いずれも長続きせず、何も身につかないので、夫は頭を抱えていたと言います。
夫が子どもの学歴にこだわる理由
筆者が「なぜ旦那さんは息子さんの学歴をそんなに気にしているのでしょうか?」と質問すると、絵里奈さんは「あの人は一応、エリート気取りだからです」と回答します。夫は国公立の大学を卒業、省庁へ入庁した人物。しかし、国家公務員としての仕事は深夜におよぶ残業の日々でした。
夫の心身は3年目に悲鳴をあげ、適応障害と診断され、休職したのですが、そのまま復帰できずに退職したのです。しかし、夫の両親は「せっかく、いい大学に入れてあげたのに!」と激怒。夫は実家に帰ることが許されず、病気を抱えたまま、一人暮らしを続けざるを得なかったそうです。それから2年間。金銭的に厳しいので自立支援医療を利用しながら服薬を続け、ようやく社会復帰。
現在は派遣社員として中小企業の経理部で働いています。絵里奈さんは夫の職歴に3年間のブランクをあることを承知の上で結婚したようです。「あのときは私が支えてあげないと!と思っていました…でも」と言葉を濁します。当初は母性本能をくすぐる相手だったようですが、現在は「こんなに難しい人だったなんて」と後悔の念を口にします。
夫の一存で息子は全寮制の小学校へ…
そんななか夫が突然、「飛朗斗を転校させるから」と言い出したのです。転校先は甲信越地方なので自宅から通うのは無理。この小学校は全寮制なので、息子さんは両親と完全に離れ、自宅とは別の場所で暮らすので、今までの生活を一変しますが、それだけではありません。先生や同級生と共同で暮らすのですが、部屋は二人用でテレビもなし。食事、風呂、就寝など一切の生活を誰かと一緒に行動するので、いつも気が抜けない日々へ様変わりするのです。
夫は「今までの生活がどれだけ恵まれていたか…身をもって思い知るがいい!」と声高に言うのですが、絵里奈さんは「いくらなんでも極端じゃないの…少しずつ慣れさせてからでも。気難しい子には環境の変化は良くないって聞くし」と乗り気ではありませんでした。
絵里奈さんが「飛朗斗の意見は聞いたの?」と尋ねると、夫は「聞くわけがないじゃないか。聞いたら反対するに決まっている!俺はあいつのためを思って、いろいろ準備してきたんだ」と頑なに言うので、絵里奈さんは従うしかありませんでした。絵里奈さんは「夫の言う通り、飛朗斗がちゃんと心を入れ替えてくれればいいんだけれど」と心配でたまらなかったそうです。
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