教材研究、生徒指導や部活、保護者対応……さらには授業のICT化も加わり、業務が膨らむ一方ともいわれる学校教育の現場。その実情を垣間見ることができると話題のマンガが、『アテナの卒業式 中学校教師 菜花さきの戦い』(以下、『アテナの卒業式』(戸井理恵 (著)、のぶ (監修)/ゼノンコミックス)です。同作で描かれる新人中学教師の葛藤や奮闘のリアルさが人気を博し、今年2月には最新刊が発行されたばかり。その監修を担当しているのが、2023年に『学校というブラック企業: 元公立中学教師の本音』(創元社)を上梓した、元公立中学校教師・のぶ氏です。
Xでは具体的なエピソードと共に、教育現場への問題提起を盛り込んだポストが反響を呼び、フォロワーは4万人以上。「学校と保護者がより良い形で手を取り合うための第一歩は、学校の内側で何が起こっているかを知ること」――そう語るのぶ氏に、教員として勤務した自身の10年を振り返りながら、保護者と教師の連携のヒント、『アテナの卒業式』の監修を通して伝えたいメッセージなどをうかがいました。
【 「あの作品、もう読んだ?」インタビュー 1 前編】
「『アテナの卒業式』は、まるでうちの学校を見ているよう」――教育現場の実態と悩みを描くのは、より良きネクストアクションのヒントになると信じているから

©戸井理恵/コアミックス
――『アテナの卒業式』で描かれる中学教師のヘビーな日常には、大変驚きました。
冒頭から、膨大な業務量と非共感的な上司の板挟みで悩む新人教師の孤独、学校に乗り込み長時間にわたって教師を恫喝する保護者……という風景が描かれますからね。

©戸井理恵/コアミックス
「マンガ用にデフォルメされているのでは?」と聞かれることもありますが、本作に登場するエピソードは、いずれも私の10年間の教員生活における実体験が土台になっているものばかり。もちろん、様々な経験から取捨選択した分、作中に取り上げた風景や喜怒哀楽は、ほんの一部に過ぎませんが……現役教師の読者から編集部宛に、「まるで私が務めている学校を見ているようでした」という感想が寄せられたこともあります。作中で描かれたそれぞれのシーンが全国のあらゆる学校で今生じている「象徴的なリアル」であることもまた、間違いないと言えるのではないでしょうか。

©戸井理恵/コアミックス
――主人公の新人教師・菜花さきは、時に心が折れるような瞬間と対峙しながら、その都度立ち上がります。が、その過程は険しく、子を学校に預ける保護者として不安や戸惑いを抱く瞬間も少なくありませんでした。のぶ先生は、本作をどんな思いで監修なさったのでしょう?
私は本作の監修の他、著書やSNSを通じて、教育現場のリアルを発信しているわけですが、いずれにおいても、個人として抱く思いは一貫しています。それは、「学校の内部事情を広く知ってもらうことこそが、教育現場の問題解決の第一歩だ」ということです。
我が子が学校に通う保護者の中には、「子どもを学校に人質に取られているようで、慎重なコミュニケーションにならざるを得ない」と感じる方も少なくないかもしれません。その根っこを辿ると、「何か起こった時、学校は内側で一体どんな動きをしているのか」「教師はどんなことの狭間でせめぎ合い、迷い、悩んでいるのか」が見えないという部分が大きいのでは、と思うんです。
見えない扉を開けるとなれば、手探りするしかなく不安に苛まれますが、扉の先の風景がイメージできるなら、どうノックすればいいか、何を準備していけばいいか、判断しやすいはず。学校と保護者の関係も同じことが言えるのではないでしょうか。
校則や内申点はどのように決まっているのか。いじめが起こった時、どんなやりとりが行われるのか。――子どもが身を置く環境の解像度が上がれば、いざ連携が必要となった時に「悩みの原因はどこにありそうか?」「学校とどう協力したらいいのか?」をイメージしやすくなる。ブラックボックスの透明度を上げていくことで、より多くの関係者がそれぞれの目線でネクストアクションを考えやすくなるはずです。
次ページ>>>
親が学校に対して発言するとき、「モンペ認定されないか?」とドキドキ!? 教師たちが考える、モンペかどうかの判断基準とは?
「モンスターペアレント」か否かの境目は、「教師を否定する意図」があるかどうか。「知りたい・分かり合いたい」なら安心して相談して大丈夫

©戸井理恵/コアミックス
――「学校にどうアプローチすればいいか」「歓迎されるのか、過剰なのか」で迷いがちな親にとって、「まず学校の実情を知る」という視点は、とても大きなヒントになりそうですね。一方で、「モンスターペアレント」(以下 モンペ)という言葉をよく耳にする昨今、「私のこの行動はモンペ認定されるのでは!?」という心配も付きまといます。
恐らく、その点を配慮なさっている時点でモンペではないケースが大半だと思います(笑)。いわゆるモンペと感じざるを得ないのは、たとえば本作の1巻で登場したような保護者です。

©戸井理恵/コアミックス
連日、長時間にわたってヒステリックに話をまくしたて、職員を恫喝する。「嘘でしょう?」と思うかもしれませんが、こういった保護者は実在します。
あるいは、保護者が「その道の経験者」で、教師の指導方法に介入してくるケースもあります。「ベテラン教師」である保護者が学級経営に物申してきたり、「野球経験者」の保護者が野球部の活動に意見してきたり、といった具合ですね。もちろん、ありがたい場合もあります。一方で、「そのやり方はないでしょう」という否定が前提となると、やはり教師はやりにくいですし、心も削られます。
いずれにも共通するのは、その先に化学変化や相互理解を求めない姿勢です。本来は「子どもにとっての最善手」を模索すべき対話が、「保護者自身の意見の正当性を証明する」「教員に勝利する・マウントを取る」という方向に傾くかどうか――それがモンペか否かの境目ではないでしょうか。
私が勤務していた「中学校」に関して言えば、親子が一定の距離感を保ち始める時期ですし、親を介さずとも生徒自らが教師と対話できるような年齢でもありますよね。ですから、保護者から教師へのコミュニケーションの多くは、日頃から密に……というわけではなく、相談事や用事でたまに電話がかかってくるケースが大半でした。電話を受けた瞬間は「どんな用件だろう?」と緊張感が走るのは正直なところですが(笑)、子どもを思って分かり合う姿勢がある保護者との対話なら、教師は「負担」「手間」と感じてはいないと思います。両者の間には、互いに「この子にとってより良い環境・方法は、何か」という共通の目的がありますから。そこはぜひ、教師を信頼していただきたいですね。
▶関連記事>>>こちらから
『子どもにとって「よい変化」求めて。目指したいのは、生徒にも保護者にもオープンな学校!「脱・閉鎖的」のために、まず最初に親がすべきこと』
『アテナの卒業式』監修者であり、元公立中学校教師でもある、のぶ氏に保護者である私たちが今できること、これからの教育現場への期待などをお聞きしました。
のぶ
元公立中学校教師。
高校時代に校則がない学校で過ごした経験から、見た目をしばる校則に対して疑問をもち、改善するために行動してきた。8年間生徒会の担当として、いじめのない学校づくりを目指す取り組みを続ける。いじめ加害者の別室指導や出席停止も経験した。妻の妊娠、出産をきっかけに、自分の働き方を大きく改革。学級担任、部活動顧問、生徒会担当、生徒指導担を掛け持ちしながら、「学校で一番早く帰る」をモットーに行動。独身時代は残業時間150時間を軽く超えていたが、月30時間程度に縮小させた。退職後、本格的に始めたツイッターでは、学校のモヤモヤ代弁者として、理不尽な指導や文化を中心に発信中。現在のフォロワー数は4万人を超える。DMには学校のいじめ指導に悩む保護者から、数多くの質問が寄せられている。地方ラジオ出演、テレビの取材やインタビュー出演、ニュース記事の取材など、メディアにも数多く取り上げられた。現在はIT企業に転職して、学校のDX化を提案している。二児の父。
『アテナの卒業式』は第2巻まで発売中、第3巻は6/20発売予定。