社会の中での「生きにくさ」を抱えがちな発達障害ですが、援助をしてくれる専門家に繋がれている人はまだ僅かです。自分が発達障害である気づいていない場合も多く、受診や相談をすることを思いつかないというケースも多いと言われています。
今回ご紹介する遠藤さん(仮名)の夫は「ギャンブル依存症」という大きな問題を抱えています。その原因は、自閉症スペクトラム障害(ASD)と注意欠如多動性障害(ADHD)。ただ、「発達障害」という言葉が世間に知られるようになったのはまだ最近のことで、当時はなぜ夫がギャンブルに走るのか分からず、頭を抱える日が続いたと言います。
ライターの渡辺陽が「発達障害由来のギャンブル依存症」の当事者、そして家族が抱える苦しみに迫ります。
自助会にもなじめない、ギャンブル依存症の夫
遠藤さんが、夫の発達障害に気付いたのは2014年のことでした。結婚する時には気づかず、結婚直後、夫が何度も借金を繰り返していることが発覚して分かったそうです。
「24歳の時に結婚したのですが、何度も借金を繰り返すので『どうして?』と思いました。夫とも話し合いを重ねたのですがしっくりこなくて、図書館に行って調べたときに、『ギャンブル依存症』という病気があることを知りました」
遠藤さんの夫が通い詰めていたのは、パチンコ、スロット、そして競馬でした。
「ギャンブル依存症の人は自助会に行くといいと書いてあったので、何度か通いました。普通、自助会では、他の人の体験談を聞いて共感したり励まされたりすると思いますが、夫は全く共感できず『俺は違う』と言っていました」
ギャンブル依存症というと、ギャンブルが楽しくてやめられない印象があると思いますが、遠藤さんの夫の場合、ギャンブルを楽しそうにしているのではなくて、とても辛そうに見えたそうです。
「そこで他に何か原因があるかもしれないと思って調べたら発達障害に行きつきました。『発達障害』が今ほど知られていなかったので、気づくのに時間がかかりました。もうその時には結婚してから10年くらい経っていました。」
発達障害だからギャンブルがやめられない?
夫妻は精神科に行き、夫はギャンブル依存症と発達障害だと診断されました。
精神科の医師には、「ご主人のギャンブル依存は重症だから精神科では治せない。ギャンブル依存専門の先生に診てもらったほうがいい」と言われ、ギャンブル依存症専門の医師には「一般的なギャンブル依存の治療は通用しない、発達障害もあるので個別の対応が必要です。外来では治せないので、施設に入所したほうがいい」と言われたそうです。
「施設への入所も考えたのですが、状況的に難しくて、家を施設化しました。夫は自分の気持ちが分からず、言葉にできないタイプだったので、通院する時も一緒に行きました。例えば、先生の前では『大丈夫です』と言うのですが、全然大丈夫ではないので、『本当のところは、こうこうです』と説明する必要があったのです」
経済的に支えられない、もうダメだ!
診断がつくまでは、遠藤さんのパートの収入がほとんど借金の返済に消えていきましたが、発達障害と診断されたおかげで障害年金を受給できるようになりました。
「夫婦なんだから、一緒に頑張って返していかなきゃという感覚でした。主治医の先生にも、今回は家計から返せばいいですかとか今回は夫にやらせた方がいいですかとか、いろいろ相談しました。」
遠藤さん夫妻には3人の子ども(双子と、もう1人)がいるのですが、彼らにも発達障害の特性がありました。
「仕事を休んで子どもの面倒をみなければいけないこともありましたし、双子が一緒に風邪をもらってくることもあり、外で仕事するのは困難でした。もう無理だなと思った時に夫の障害年金の受給が始まったので助かりました。今は、私は在宅ワークをしていて、できる範囲で稼いでいます」
夫は会社を解雇されて
遠藤さんの夫は問題を起こして、勤めていた会社を一度解雇されたそうです。
「すごく迷惑をかけたのですが、夫は解雇される前に、『自分は発達障害だ』と職場にカミングアウトをしていたそうです。そのため、上司の方に、『ご主人から発達障害のことを聞いていたのですが、うまく支えることができなくてごめんなさい』と謝られました。」
今回起こした問題は大きなことだから解雇するが、業務委託して一緒に働きたい……と温情を掛けてくれた社長は、親戚に精神疾患のある方がいて、以前にもASDの社員を雇用していたそう。
「一人一人特性が違うことを理解してくれたようです。夫の豊かな発想力やフットワークの軽さも評価してくれました。」
私は「カサンドラ症候群」なの?
遠藤さんは、長年夫と暮らすうちに自分がカサンドラ症候群かもしれないと思いました。
「夫はASDとADHDなのですが、ASDの特性ゆえに会社でも社員さんとうまくコミュニケーションが取れず、私ともうまくいきませんでした。うまく説明するのが難しいのですが、すごく優しいのに私が傷つく行為ばかりするので、そのギャップに苦しんでカサンドラになったのかもしれないという感じです」
そして、あれだけ真剣に話し合って「辞めよう」と約束したのに、辛そうにしながらもまたギャンブルに通い続ける夫を目の当たりにして、遠藤さんは疲弊し、体調が悪化していきました。
主な症状は、気分の落ち込みやイライラ、空虚感、めまい。円形脱毛症になったこともあるそうです。
何をどうしたらいいのか全くわからず、暗いトンネルに迷い込んだ気がしていたという遠藤さん。自身が精神科にかかったことはありませんが、息子や夫の付き添いで常に精神科に通っているので、医師や心理士さんとは繋がっています。
「夫の主治医に『もっと理解してあげて』と言われて、更に落ち込んだこともありますが、息子の病院には毎回救われました。息子がカウンセリングを1時間受けている間、なぜか毎回心理士さんに『お話聞かせてください』と別室に呼ばれました。
保護者から息子の様子を聞くという目的があったと思うのですが、当時の私があまりに疲弊していたため、あれは私のカウンセリングのような意味合いもあったのかなと感じています。
夫も頭の中では思い描けているんです。職場でも、こうしたらうまくいくっていうのが映像として仕上がっているのに、実行に移せない。それができないタイプらしいです。その苦しさが根底にあるから、ギャンブルに走ってしまったのだと思います。」
支えていきたい…でも離婚したい
遠藤さんは、何度も離婚したいと思いました。
「実際に実行に移そうと思って、実際に行動したこともあります。役所に問い合わせの電話をしたこともありますし、離婚届をもらってきて自分のところだけ記入して、『次やったら出すね』と告げたこともあります。でも、実際には離婚しませんでした。行動に移さないというか、移せなかったのです」
カサンドラ症候群が一番辛い時に、「このまま一緒にいたら私壊れちゃうな」、と思ったこともあるという遠藤さん。その時はさすがに離婚しようと思って、離婚届を書いたのだそうです。そして子育ての手当、引っ越しなどについても考えました。
「私の稼ぎがいくらで、引っ越し先の家賃がいくらでと、離婚後経済的にどうなるかバーッと書き出した時に、『あ、無理ではない』と思いました。でも、当時息子がASDグレーゾーンと言われて病院に通っていたんです」
もし離婚したら、せっかくいい病院が見つかったのに、環境を変えないといけなくなってしまう。引っ越しだけでなく、自分がまた正社員に戻ってバリバリ働き始めたら、絶対イライラしてしまうと思って離婚は諦めたという遠藤さん。
「無理だなと思ったのです。離婚しないというよりも、できなかった。自分の気持ちを切り替えていくしかないと思いました」
子どもが三人が生まれたあとに、夫が発達障害だと分かって
遠藤さんは、結婚した当時は発達障害について何も知りませんでした。そして夫が発達障害だと分かったのは、子どもが三人生まれた後。
「当時は何か変だなと思いつつも離婚とかは全く考えていなくて、夫の『もう俺、変わるよ』、『もう二度としないよ』という言葉を間に受けて信じてしまってた時期もありました。それで3人子どもを産んだのですが、生まれた後に夫が発達障害だと分かりました。やっていくしかないという感じでした。」
本編では、発達障害由来のギャンブル依存症と診断された夫と、離婚したいと思いつつも寄り添い、もがく遠藤さんの姿をお届けしました。
専門家である岡田先生の解説をお届けしたのち、後編「夫に翻弄される遠藤さんを襲った、さらにショックな出来事。優等生だった長男が引きこもりに」に続きます。
【岡田俊先生のここがポイント!】
依存症というと、アルコールや覚醒剤や麻薬、市販薬や向精神薬を含めた「物質」への依存が思い浮かぶかも知れません。
しかし、最近では、ゲームやインターネット、ギャンブルといった行為(プロセス)への依存が注目されています。2018年に「ギャンブル等依存症対策基本法」が成立していますが、ここでの「ギャンブル等依存症」の定義は「ギャンブル等(公営競技、パチンコ屋に係る遊技その他の射幸行為)にのめり込むことにより、日常生活又は社会生活に支障が生じている状態」とされています。
しかし、その延長線上には、いわスクラッチカード、クレーンゲーム、ゲームカードの拡張パック、ガチャなどがあるわけです。ギャンブルは、それに無縁な人には、なぜそんなものに手を出してはまるのか、というふうに見えてしまうのですが、ギャンブルにはまる心性は誰にだってありますし、インターネットで馬券や舟券が買える現状では、依存の現状が見えにくく、問題が大きくなっています。
最初は射幸心かもしれません。また、苦しい気持ちの時に賭けをしてしまう人もいます。その後は、損失を埋めるためにより大きな賭をしてしまったり、大きな損失を出してしまいます。その損失を埋め合わせるためには、人にお金を借りたり、そのために嘘をついたり、手をつけては鳴らない金に手をつけてしまうこともあります。
しかし、減らそう、やめようと思っても、止められないのです。こうなると日常生活に支障のある状況であり、専門家の助言が必要になります。当事者会や家族会もあります。また、借金などの債務整理に関連する法律の専門家の助けを得ることも必要です。
ギャンブル依存の背景に、うつ病や双極症などの精神疾患、発達障害があることはあります。苦しみを紛らわすことが賭けの引き金になっていたり、損失を出しているときにそれを穴埋めするために、より大きな賭けをしやすかったり、その行動に固執しがちであったりするなどの特性があるからです。
しかし、これらの病気とギャンブル依存を直結するのは正確ではありません。これらの精神疾患や発達障害のある人は、自分の困ったときに相談をして助けを求めたり、さまざまな問題解決の方法を模索することが苦手だったりします。ですので、うまく相談、支援に繋がらない結果、ギャンブル依存が急速に進んだり、問題が大きくなってから露呈するケースが多いことにも留意が必要でしょう。
この方の場合には、ギャンブル依存専門の医師に、発達障害特性に応じたアプローチが必要と判断されています。特性に応じた説明の仕方や治療計画の策定、これからの生活の形作っていくということが必要になるからです。ギャンブルに変わる日常生活をどのように形作っていくのか、日常生活で生きづらさを抱えたとき、どのように対処すればいいのか、その一つ一つの困りごとを扱っていくことが大切です。
ギャンブル依存は経済的な損失を伴いますし、そこにご家族の発達障害の支援が加わると、キャパを超えてしまうと言うのが実情でしょう。
旦那さんの『もう変わる』、『もう二度としない』というのも、そのときの気持ちとしては真実です。ただ、依存状態にあると、もはや自分だけの力では変えられないのです。それどころか、そのためには嘘をつくことさえ止められません。
ここは発達障害というより依存の問題です。ただ、そのようななかで傷ついた家族に、いたわりの様子やことばがうまく出てこなかったり、それを支援への希求へとうまく繋げられないのは発達障害の方のうまく立ち回れないところです。本人、家族共に、支援者の力を十二分に活用することが大切です。
岡田俊先生プロフィール
奈良県立医科大学精神医学講座教授
1997年京都大学医学部卒業。同附属病院精神科神経科に入局。関連病院での勤務を経て、同大学院博士課程(精神医学)に入学。京都大学医学部附属病院精神科神経科(児童外来担当)、デイケア診療部、京都大学大学院医学研究科精神医学講座講師を経て、2011年より名古屋大学医学部附属病院親と子どもの心療科講師、2013年より准教授、2020年より国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所知的・発達障害研究部部長、2023年より奈良県立医科大学精神医学講座教授。