二宮和也「今日僕はジャニーズ人生を終えます」入所から30年― 嵐として最後に語った胸の内「勝手になくなっていったなという気持ちが強かった」【コメント全文】
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モデルプレス/ent/music

【写真】嵐、5人でパフォーマンスするラストライブの様子
◆二宮和也「今日僕は、ジャニーズ人生を終えます」
2023年10月24日付で旧ジャニーズ事務所(現STARTO ENTERTAINMENT)から独立した二宮。挨拶の最初には「何より独立した人間であるのに嵐のときには、何も気にせず戻ってきていいよと最後、全国のファンの皆様の前で感謝を伝える機会を一緒に経験していいよと…言ってくださったSTARTO ENTERTAINMENTの関係各所の皆様も本当にありがとうございました」と感謝した。
そして「僕は、1996年の6月にジャニーズ事務所に入りました。オーディションを受けて。僕は最初は野球にいきたかったんだけど親が5000円くれるっていうことでまんまとつられて行きました」と入所した当時を振り返り、「6月16日にオーディションを受けた後、その3日後には雑誌の撮影に呼ばれてその2日後にはテレビに出てました。とんでもない1週間です。こんなにも変わるのかと。今、思い返すと自分の人生がそこで色づいたような気がしてます」と回想。入所してから「3年近くジャニーズJr.というところにいてジャニーズの先輩たちと、しこたま練習をして先輩たちのバックにつき背中を見てジャニーズのエンターテインメントというものを学びました」と話した。
続けて「1999年の正月、僕はやめると伝えていたんですがその年の11月にデビューすることになります。まあ、これは1か月ぐらいの話だろうと思いながら活動していたんですが気づいたらカウントダウンを見ていてまだ嵐だな、なんて。モヤモヤしていたんです。年が明けて2000年の4月、多分、5日だったと思うんだけれども僕らが初めてコンサートを大阪で迎えることになります」とデビュー当初について語り、初のコンサートを経て「すごく声援をもらったときに自分の感情論では、もう動いてはいけないんだろうなと。ネガティブな意味じゃないですよ。達観したというか、教えていただいたというか、悟りをひらかせてもらったというか」と心境の変化を明かし、「このジャニーズの歴史の1ページを僕らが担わなきゃいけないんじゃないか。そういうふうに思いました」と当時感じたことを振り返った。
そして、二宮は「そこから色々あって26年半経ちましたが僕は、本当にこのツアーでは、いろいろ目標っていうかタスクを掲げていたんですが。全身全霊で全力で向き合うとか、ちゃんと最後まで5人で立ちきるとか、感謝を伝えるとか。色々ある中で、最後の1つ、最終公演でしかできなかった事ということで言うと、この約30年間のジャニーズ人生を終えようと思います。終われてなかったなと。勝手に終わって、勝手になくなっていったなという気持ちが強かったので。勝手ではあるんですけども、今日僕は、ジャニーズ人生を終えます」と宣言した。
最後には「僕がジャニーズで学んだことはできるか、できないかではなく、やるか、やらないかです。できるからやるんじゃない、できないからやらないんじゃない。やるんです。だから、もしなにか人生で迷うことがあったら、教訓は強すぎるかもしれないけど、ちょっとでも思い出してくれたら前に一歩進めるんじゃないかなというふうに思っています」と自身の経験を経て感じたことを伝えた二宮。そして「本当にみんなに出会えて良かったし。ただ、二宮さんファンの人たちはまたどっかで会いたいなと思ってますよ。なんか寂しいなと思ってる。それが一番寂しい。また…そう、会えるようにさ。あの…私も頑張るから。みんなも頑張りましょう」とファンへ呼びかけ「本当に26年半、楽しかったですしいろんな経験をさせていただいて本当にありがとうございました。配信を見てる皆様も本当にありがとうございました。最高です。大好きだよ。ありがとう」と最後の言葉を締めくくった。(modelpress編集部)
◆二宮和也コメント
本日はありがとうございました。最高だったぜ。声も出てたよ。素晴らしい。素晴らしいコンサートになりました。想像していた以上の締めくくりになったのではないかなと。改めて、ありがとうございます。そして、何より独立した人間であるのに嵐のときには、何も気にせず戻ってきていいよと最後、全国のファンの皆様の前で感謝を伝える機会を一緒に経験していいよと…言ってくださったSTARTO ENTERTAINMENTの関係各所の皆様も本当にありがとうございました。
ちょっと自分事にはなってしまうんですが。包んでも伝わらない部分があるかもしれないので僕なりの言葉で話せたらなと思っています。僕は、1996年の6月にジャニーズ事務所に入りました。オーディションを受けて。僕は最初は野球にいきたかったんだけど親が5000円くれるっていうことでまんまとつられて行きました。それまでは平日は学校に行って帰ってきて土日は野球に行って帰ってきて、暇な時間はゲームして。そんな日々だったんですが。6月16日にオーディションを受けた後、その3日後には雑誌の撮影に呼ばれてその2日後にはテレビに出てました。とんでもない1週間です。こんなにも変わるのかと。今、思い返すと自分の人生がそこで色づいたような気がしてます。そこから、3年近くジャニーズJr.というところにいてジャニーズの先輩たちと、しこたま練習をして先輩たちのバックにつき背中を見てジャニーズのエンターテインメントというものを学びました。本当に先輩たちは魅力的で、それを応援してくれてるファンの人たちも魅力的で、なんて素晴らしい世界なんだと思い、そこにいたからこそ、新たな夢ができて。1999年の正月、僕はやめると伝えていたんですがその年の11月にデビューすることになります。まあ、これは1か月ぐらいの話だろうと思いながら活動していたんですが気づいたらカウントダウンを見ていてまだ嵐だな、なんて。モヤモヤしていたんです。年が明けて2000年の4月、多分、5日だったと思うんだけれども僕らが初めてコンサートを大阪で迎えることになります。その時に、びっくりして。大阪で活動なんかしたことがなかったのに、すごくたくさんの人たちが集まってくれて。すごく声援をもらったときに自分の感情論では、もう動いてはいけないんだろうなと。ネガティブな意味じゃないですよ。達観したというか、教えていただいたというか、悟りをひらかせてもらったというか。これは、やっぱり自分が先輩たちの背中を見てデビューできたのに、それを蹴ってまでやることっていうのは一体、なんなんだろうと。このジャニーズの歴史の1ページを僕らが担わなきゃいけないんじゃないか。そういうふうに思いました。
そこから色々あって26年半経ちましたが僕は、本当にこのツアーでは、いろいろ目標っていうかタスクを掲げていたんですが。全身全霊で全力で向き合うとか、ちゃんと最後まで5人で立ちきるとか、感謝を伝えるとか。色々ある中で、最後の1つ、最終公演でしかできなかった事ということで言うと、この約30年間のジャニーズ人生を終えようと思います。終われてなかったなと。勝手に終わって、勝手になくなっていったなという気持ちが強かったので。勝手ではあるんですけども、今日僕は、ジャニーズ人生を終えます。本当にありがとうございました。まあ、これってでも、めでたいというか、ありがたいことなんですよ。最後の最後に、こんなにもたくさんの人たちとコンサートができるなんて。そして、配信を見てる人たちが何万人もいる中でこんなふうに表現できるっていうのは改めて、幸せ者だなというふうに思いました。最後に、僕がジャニーズで学んだことはできるか、できないかではなく、やるか、やらないかです。できるからやるんじゃない、できないからやらないんじゃない。やるんです。だから、もしなにか人生で迷うことがあったら、教訓は強すぎるかもしれないけど、ちょっとでも思い出してくれたら前に一歩進めるんじゃないかなというふうに思っています。本当にみんなに出会えて良かったし。ただ、二宮さんファンの人たちはまたどっかで会いたいなと思ってますよ。なんか寂しいなと思ってる。それが一番寂しい。また…そう、会えるようにさ。あの…私も頑張るから。みんなも頑張りましょう。本当に26年半、楽しかったですしいろんな経験をさせていただいて本当にありがとうございました。配信を見てる皆様も本当にありがとうございました。最高です。大好きだよ。ありがとう。
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