
夫婦問題・モラハラカウンセラーの麻野祐香です。
今回お話を伺ったのは、40代のFさんです。夫の不倫が発覚したのは、息子さんがまだ小学生だった頃のことでした。そして、実はそれまでのFさんの結婚生活も、決して穏やかなものではありませんでした。
「子どもには父親がいないと…」その一心で耐えてきたけれど
夫は昔から、気に入らないことがあるとすぐに声を荒げ、
「何度言わせるんだ」
「お前は本当に気が利かない」
といった暴言を、ほぼ毎日のように浴びせていたのです。食事の味付け、掃除の仕方、家計費の使い道、子どもの成績、Fさんの行動まで……夫の基準に合わないことがあると、容赦なく責め立てられました。さらに機嫌が悪い日には、暴言だけでなく、大きなため息をつきながら物に当たることもありました。
Fさんの夫は、典型的なモラハラ夫だったのです。それでもFさんが耐え続けてきた理由は、ただひとつでした。
「子どもが小さいうちは、この子から父親を奪うわけにはいかない」
そう信じ込んでいたのです。「自分さえ我慢すれば家庭は回る」「子どもの環境だけは守らなければならない」その一心で、夫の暴言に傷つきながらも、Fさんは夫婦関係を続けてきました。
そんな中で起きたのが、夫の不倫問題だったのです。
夫のスマホに浮かんだ衝撃の通知
その夜、夫がお風呂に入っているときのことでした。ふと目に入った夫のスマホの画面に、LINEの通知が表示されたのです。
「今日楽しかった またいっぱい抱きしめて」
Fさんは、思わず息をのみました。
「何これ……誰とのLINE?」
胸がざわつき、動揺が一気に押し寄せます。夫のスマホにはロックがかかっていましたが、試しに子どもの誕生日を入力すると、ロックはあっさり外れました。LINEを開くと、そこには一人の女性とのやりとりが大量に残されていました。
・デート中の写真
・旅行先で撮られた写真
・裸で抱き合っている写真
あまりのショックで手が震え、息がうまくできなくなりました。それでもFさんは必死に画面を見つめ、表示されている写真を一枚ずつ、自分のスマホで撮影していきました。
夫がお風呂から出てきた瞬間、Fさんは声を絞り出すように言いました。
「……これ、何?」
先ほど撮った写真を、順番に見せました。すると夫は、真っ先に逆ギレしました。
「俺の携帯を勝手に見るな! プライバシーの侵害だぞ!」
しかし、言い逃れができないと悟った瞬間、夫の態度は一変します。証拠を突きつけられた夫は、これまで見たこともないほど弱々しい表情で、その場に崩れ落ちました。
「もう二度としない……本当にごめん」
「家族を失いたくない」
「絶対に浮気はしない」
涙を流し、震える声で何度も謝る夫。あれほど威圧的で、暴言ばかりだった夫が、初めて見せた「弱った姿」でした。
浮気をされたというショックよりも、その姿を目の前にしたFさんの心には、
「これをきっかけに、この人は変わってくれるかもしれない」
「やっぱり、家族を守りたい」
そんな思いが強く湧き上がってきました。
そしてFさんは、夫の浮気を許し、再構築の道を選んだのです。
何事もなかったかのように振る舞う夫、取り残された私の心
しかし夫は、「浮気をした」という事実について謝罪したことで、もうこれ以上責められることはないと、勝手に思い込んでいました。Fさんの心がどれほど傷ついたのか、その痛みに寄り添おうとすることは、一度もありませんでした。モラハラ夫の多くがそうであるように、彼にとっての「謝罪」は、反省の始まりではなく、その場を切り抜けるための“道具”にすぎなかったのです。
謝ったのだから終わり。許されたのだから、もう蒸し返すな。そんな空気だけが、家の中に広がっていきました。反省は続かない。振る舞いも変わらない。何事もなかったかのように、夫の日常は淡々と元に戻っていきます。
取り残されたのは、Fさんの心だけでした。夫は平然と生活を続けているのに、Fさんの中には、癒されることのない痛みだけが残り続けていたのです。
「この子すごく似てる」って、誰に…?
それから、3か月ほどが過ぎた頃のことでした。家族3人で夕食を食べ始めたとき、テレビ画面に映った若い女性を見て、夫がふと口にしました。
「あ、この子、すごく似てる」
誰に似ているのか……Fさんには、すぐに分かりました。夫は、自分の心の声が漏れてしまったことに気づいていたのでしょうか。
不倫が発覚して以降、夫はその女性のことを一度も口にしませんでした。
「どうやって別れたのか」「本当に別れているのか」聞きたいことは山ほどありました。けれど、その話題に触れれば夫が不機嫌になることは、痛いほど分かっていました。だからFさんは、あえて何も聞かずにいたのです。
でもそのとき、Fさんは思わず口にしてしまいました。
「……不倫の相手に、似てるんでしょ」
次の瞬間。
バンッ!!
夫が、テーブルを強く叩きました。
「何、昔の話を出してるんだ!いつまで引きずってんだよ!!もう済んだ話だろうが!!」
息子が驚いて顔を上げるよりも早く、夫は怒鳴りつけました。
昔の話? 済んだ話? 私の心の中では、何ひとつ終わっていないのに。
浮気されたのは、私なのに。傷ついたのも、私なのに。
Fさんは呆然とし、言葉が出ませんでした。夫は椅子を乱暴に引き、「飯の時に、空気悪くすんな!」そう言い捨てて、食事もせずに自分の部屋へこもってしまいました。食卓に残ったのは、重苦しい沈黙だけでした。
息子が、不安そうな顔で声をかけてきました。
「ママ……大丈夫?」
Fさんは、無理に笑顔を作って答えました。
「大丈夫よ」
けれど、その食卓には、夫の怒りと、Fさんの行き場のない痛みだけが、重く残っていたのです。
「お前のせい」と言われた日から、私の心は離婚へ向かっていった
その翌朝のことです。夫は、何事もなかったかのような顔でFさんにこう言いました。
「俺は何度も謝ったよな。あれで終わった話だろ。今さら引きずってるのは、お前の問題じゃないのか?いつまで言うつもりなんだ?」
自分の不倫は“過去のこと”。それを忘れられない妻が悪い……そう言いたいのでしょう。さらに夫は、責めるように言葉を重ねました。
「そもそも、お前が気が利かないのが悪いんだよ。優しくないし、思いやりもない。夜のスキンシップだってずっと拒否してただろ?あれは男に対する侮辱だからな」
不倫の理由が、いつの間にか「Fさんの落ち度」にすり替えられていたのです。Fさんは、頭では「違う」と分かっていました。けれど、あまりにも一方的な言葉に、何も言い返せませんでした。
不倫発覚後、夫は一度も「Fさんがどれほど傷ついているか」ということには向き合おうとはしませんでした。黙っていれば「また暗い顔をしている」と責められ、話そうとすれば「被害者ぶるな」と遮られる。
夫の中では、「自分が正しく、悪いのは妻」という構図がすでに完成していたのです。
なぜ、夫は責任をFさんに向け始めたのか
夫が不倫の責任を妻へ押しつけ始めた背景には、モラハラ夫に共通する心理があります。
・自分が「悪い側」に立ち続けることに耐えられない
不倫という事実を抱え続けると不安定になるため、他人のせいにして心のバランスを取ろうとします。
・罪悪感を持ち続けることができない
謝罪はできても、その後の反省を維持する力が弱いのです。
・妻を下に置くことで安心しようとする
上下関係が崩れると不安が強まり、妻の欠点を探して優位な立場に戻ろうとします。
・主導権を取り戻したくなる
不倫発覚によって立場が下がったと感じ、妻を責めることで再び主導権を握ろうとします。
・相手の感情に目を向ける力が乏しい
妻の痛みや、回復に必要な時間を想像できず、「もう終わった話」と切り捨てます。
・話し合いを「責められる場」だと感じ、攻撃で封じる
妻が気持ちを口にすると、「蒸し返すな」と怒りで押さえ込もうとします。
これらが重なると、不倫をした側であるにもかかわらず、
「お前にも原因がある」
「許さないお前が悪い」
と、責任を妻にすり替えていくのです。
これこそが、モラハラに特有の「他責思考」です。
本編では、夫の不倫発覚後、謝罪はあったものの、その責任が次第に妻へとすり替えられていく過程、そしてモラハラに特有の「他責思考」についてお伝えしました。
▶▶ 不倫したのに態度が大きい夫。「この人は変わらない」と確信した朝、妻が“再構築”を手放した理由
では、夫の言葉に心をすり減らしていったFさんが、どのようにして「この人は変わらない」と気づき、自分の人生を守る決断に至ったのかをお届けします。
※本人が特定されないよう年齢や名前は変えてあります
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