1965年生まれ、1996年に渡英。イギリス東南部に位置するブライトンで低所得者が無料で子どもを預けられる託児所の保育士として働いた経験を持ち、エッセイ、ルポ、小説でもヒットを飛ばすブレィディみかこさん。2017年『子どもたちの階級闘争』、2019年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』が各賞を受賞したことは記憶に新しいでしょう。
今年6月に新刊『SISTER “FOOT” EMPATHY シスター フット エンパシー』を上梓したみかこさんに、イギリスで女性として暮らす目線で見る日本について伺います。
日本にいま起きている「保守」「排外」の波。イギリスに起きたことも参考にしてほしい
――地に足がついてこそエンパシーということですね。男尊女卑のお話が出ましたが、イギリスは早くから移民を受け入れた国ながら、いま再び移民差別が激化していますよね。
私は1996年にイギリスに移り住みました。最初は移民だからと無視されたりしましたし、露骨な差別も受けたことがありますが、だんだん慣れてしまう部分もありました。それに、けっして差別的な人ばかりじゃないですし。差別は歴然とあります、日常的にありますが、しかし、実際に付き合っていけば、人は変わることもあります。
イギリス自体もこの30年で大きく変わりました。私がきたころはオアシスやブラー、スパイスガールズが全盛で、経済的にもアゲアゲ、若くてロックな首相のトニー・ブレアはスピーチがとても上手、人の心を盛り上げ「多様性が大事だ」とことあるごとに説いていました。
当時すでに移民を入れないとイギリスの経済が回っていかないという事情もありましたが、とにかく「多様性の推進」だった。あの時代は移民ウェルカム、海外カルチャーを取り入れて行こうというムードに満ち溢れていました。
しかし2010年に保守党が政権をとり、緊縮財政で大幅な財政支出削減を始めると、まず医療制度が悪化し、教育水準が低下し、福祉が絞られ、そして人の心までみるみるしぼんでいきました。
すると「なんでこんなことになっていくんだ、それは移民が増えたせいだ」と主張する右派が勢力を伸ばしました。EU離脱なども、こうした背景で起きたことです。とはいえ、いまは、当時離脱に賛成した人のうち半分くらいが後悔しているという統計もあります。
――どこかの国でもつい最近聞いたような話を、イギリスは15年前に経験していたのですね。
去年政権が交代して労働党が政権を握りましたが、保守党と経済政策もさほど変わらず、生活が楽になった実感はありません。それで労働党政権の人気が急落し、右派がまた伸びてきているというのが現在です。
私はこの30年を移民として生きてきました。あんなに移民をウェルカムして、多様性はクールだ!みたいなムードが広がっていた国が、たった30年でこれだけ右傾化して、経済的にも疲弊して、ぼろぼろになってしまうものなのだな……と、しみじみ感じています。
私はこの30年を移民として生きてきました。あんなに移民をウェルカムして、外国人であることはクールだ!みたいなムードを作っていた国が、たった30年でこれだけ右傾化して、経済的にも疲弊して、ぼろぼろになってしまうものなのだな……という思いはあります。本当に、トニー・ブレアの時代は、イギリスってこんな前向きだっけと思うくらいに輝いていたのに。
つづき>>>イギリスの更年期女性は国からどのくらい「助けられて」いるのか?「保険制度そのものに大きな誇りを持つ」そのシンプルな理由
『シスターフットエンパシー』ブレイディみかこ・著 1,760円(税込)/集英社
ブレイディみかこ
撮影/黒澤俊宏