モラハラ・夫婦問題カウンセラーの麻野祐香です。
「優しかったはずの人が、なぜこんなふうに変わってしまったのか……。彼の言葉、彼の態度、信じたすべてが、結婚後に裏切られました」
今回は、モラハラの支配から抜け出したA子さんの物語をお伝えします。
出会ったときの彼は「王子様」みたいに素敵だった
私と彼は、婚活アプリで出会いました。初めて会ったときの彼は、穏やかで優しく、私の話によく耳を傾けてくれる、本当に“王子様”のような男性でした。私の中にある「理想の男性像」に、ぴったりと当てはまったのです。
当時39歳だった私は、年齢的な焦りもあり、「こんな素敵な人は、もう現れないかもしれない」と思い込んでしまいました。そして私の方から「結婚したい」と強く望むようになったのです。
出会ってわずか半年での結婚。両親からは「早すぎる」と心配されましたが、「今このチャンスを逃したら、次はないかもしれない」と聞く耳を持ちませんでした。彼に少し気になる点があっても、見て見ぬふりをしていたと思います。無意識のうちに都合よく現実を解釈し、彼を理想のまま見ようとしていました。
恋愛初期に陥りがちな「恋は盲目」状態
人は恋愛初期に、相手を“理想の姿”に当てはめて評価してしまいがちです。特に寂しさや焦りが強いときほど、「この人に賭けたい」という気持ちが理性を鈍らせてしまうものです。
A子さんも、「年齢的にもう結婚しなければ」という思い込みから、彼の素性を深く知ろうとせず、わずか半年で結婚を決めてしまったのでしょう。
彼は最初、「まだ結婚は早いんじゃないか」と口にしていました。けれど最終的には、「君がそうしたいなら」と、A子さんの希望に応じて結婚を受け入れてくれたのです。
ところが……。結婚が決まった途端、彼の態度は徐々に変わっていきました。
顔合わせの席で彼が言い放った「衝撃の事実」
両親への顔合わせの席でのことでした。彼は突然、「実は、僕は再婚なんです」と告げたのです。
A子さんはあまりのことに、言葉を失いました。彼からそんな話を聞いたことは一度もなかったからです。驚いているA子さんに対して、彼は軽く笑いながら言いました。
「言うタイミングがなくて。でも、今さら関係ないよね?」
このように、重要な情報をギリギリになってから打ち明けるのは、モラハラ加害者に見られる典型的な手口のひとつです。「情報の小出しによる支配」と呼ばれるもので、被害者に「もう引き返せない」と思わせることで、選択肢を奪っていく心理操作です。
A子さんは、彼を「理想の人」と思い込んでいたため、不信感を抱いてもそれを封じ込めました。
「再婚だって構わない。彼は素敵な人なんだから」
そう自分に言い聞かせて、納得しようとしたのです。
このときすでに、彼による心理的コントロールは始まっていたのかもしれません。
結婚後、次々と夫の“嘘”が明らかに
結婚式は「生活が落ち着いて、費用が貯まってからにしよう」という話になり、まずは籍だけを入れて、一緒に暮らし始めました。彼は転職したばかりだったため、新居の契約はA子さんの名義で進めることに。A子さんは看護師としてずっと働いてきたので、契約には何の問題もありませんでした。
生活費について話し合った際、彼はこう言いました。
「君は生活費として5万円だけ入れてくれれば、あとは全部僕がやりくりするから大丈夫だよ」
その言葉を、A子さんは疑うことなく信じました。
それまで、家賃も生活費もすべて自分の収入でまかなってきたA子さんにとって、「月5万円でいい」という条件は、夢のように感じられたのです。
「結婚って、こんなふうに守られている感じがするものなんだ……そう思えて、胸が温かくなったのを覚えています」
信じていた夫の言葉。でも現実は…
そんな安心感も束の間、ある日、A子さんのもとに家賃の督促状が届きました。
驚いて彼に確認すると、「大丈夫。家賃の引き落とし用の口座とは別の口座に、君の5万円と自分の給与を入れてたんだ。すぐ振り込むから心配いらないよ」と言われました。A子さんはその言葉を信じ、深く追及しませんでした。
しかし、その数日後、再び督促状が届いたのです。
さすがにおかしいと思い、夫を問い詰めると、「うるさいな!大丈夫だって言ってるだろう!」と怒鳴り、壁を何度も叩いて怒りをあらわにしました。
不安になったA子さんは、督促状に記載されていた連絡先に自ら電話をかけました。すると、返ってきたのは信じがたい言葉でした。
「何カ月も家賃が滞納されています。3日以内に退去しなければ、契約者の通帳を差し押さえます」
新居の契約者はA子さん。結果的に差し押さえられたのは、A子さんの通帳でした。
夫に事情を問いただすと、彼はこう言いました。
「社会保険料が給与から引かれてるのに、国民健康保険の脱退手続きしてなくて、保険料が二重払いになってさ。お金が足りなかったんだよ」
もっともらしい理由でしたが、それもただの言い訳でした。
「怒りをぶつけると、彼は決まってこう返すのです。『結婚したいって言ったのは、君だよね?』まるで、すべてが私の責任であるかのように。
自分の落ち度を認めず、『君が望んだんでしょ?』と責任を押しつける……それは、モラハラの典型的な特徴なのですが、当時の私にはそれが分かっていませんでした。そして、そう言われるたびに私は、『自分が決めたことなのだから、私が我慢すべき』と思い込むようになっていきました。
それこそが、支配の始まりだったのだと、今でははっきりわかります」
「養われている」と思い込んでいた。でも、現実は違った
当時のA子さんは、どこかで「彼に養ってもらっている」という意識を持っていました。けれどそれは現実ではなく、彼によって刷り込まれた“思い込み”だったのかもしれません。実際には、家計の多くはA子さんの収入で成り立っており、彼の収入状況についてきちんと確認すらしていなかったのです。
モラハラ加害者は、相手に「自分は無力で、相手に頼る立場だ」と思わせる心理的な支配を行います。その結果、被害者は「自分の判断では何も決められない」と感じるようになり、主導権を加害者に明け渡してしまうのです。
A子さんも例外ではありませんでした。あるときA子さんは、こんなふうに言ったそうです。
「私の負担が少なすぎるのかも。あなたに渡すお金を8万円にすれば足りる?」
自分から申し出て、さらに多くのお金を彼に渡すようになったのです。
「今となっては、なぜ夫に家計を任せていたのか自分でも不思議です。『結婚してもらった』という引け目や、『夫に養ってもらいたい』という願望が、私の判断力を鈍らせていたのだと思います」
けれど、それもまた、彼の巧妙な心理操作の成果でした。
「自分では何も判断できない」と思わされるように仕向けられていたのです。
彼は、結婚当初「正社員になったよ」と言っていました。けれど実際には、ずっと契約社員のままだった。その事実をA子さんが知ったのは、ずいぶん後になってからのことでした。
本編では、A子さんがモラハラの兆候を見抜けないまま結婚し、経済的な支配を受け入れてしまうまでの経緯をお届けしました。
▶▶「もう離婚しよう」そう思っていた矢先の妊娠。嘘とモラハラの果てにA子さんが選んだ未来とは
では、妊娠・出産を経てますます深まった心理的支配と、それをどう乗り越えたのかをお伝えします。