【モデルプレス=2025/03/25】人気バンド・クレイジーケンバンドのドラマーとして活躍した廣石惠一さんが、3月16日に死去していたことが分かった。64歳だった。3月25日、バンドの公式サイトを通じ発表した。【写真】亡くなった人気バンドのメンバー◆クレイジーケンバンドの元メンバー・廣石惠一さんが死去公式サイトでは「廣石惠一氏 逝去のお知らせ」とし、廣石さんが3月16日に脳出血で亡くなったことを公表。メンバーの横山剣は「廣石組長が亡くなったことは、非常に受け止め難い現実であり、この想いを言語化するのはとても困難。組長流に言うなら『無理だ!』という状況にあるので、こうしてコメントするのを戸惑いましたが、とにかく、本日、横浜の斎場で廣石さんとお別れをして来た事をここにご報告申し上げます」とコメントを寄せた。続けて、いくつものバンドで活動を共にした36年間を振り返り「ある時期『バンドなんてもうコリゴリ。作曲だけでいい!』なんて自暴自棄になっていた僕をヌルッとバンド実演の世界に引き戻してくれたのが組長でした」と廣石さんの存在に感謝。「斎場で眠る組長を見ながら心の中で『ごめんね、有り難う』と呟きました」と想いを馳せるとともに「組長にはブルーノ・マーズとレディ・ガガのduet『Die with Smile』を捧げます。安らかに」と追悼した。廣石さんは、1960年11月15日生まれ。廣石組長の愛称で親しまれていた。クレイジーケンバンドのほか、人気ユニット「杉山清貴&オメガトライブ」としても活動しており、横山とは長年のバンド仲間だった。(modelpress編集部)◆全文廣石惠一氏 逝去のお知らせ1997年の結成時から2022年までクレイジーケンバンドのメンバーとして活動された廣石惠一氏が、令和7年3月16日、脳出血のため64歳で逝去されました。謹んでお悔やみ申し上げますとともに、心から故人のご冥福をお祈りいたします。--------------廣石組長が亡くなったことは、非常に受け止め難い現実であり、この想いを言語化するのはとても困難。組長流に言うなら「無理だ!」という状況にあるので、こうしてコメントするのを戸惑いましたが、とにかく、本日、横浜の斎場で廣石さんとお別れをして来た事をここにご報告申し上げます。組長、イイ顔で眠ってました。知り合って間もない頃、そうですね、住まいは同じ横浜だし、お互い本牧や大黒の港湾関係で仕事してたので、まるで中高生みたいに互いの家を行き来しては、お互いの好きなレコードを聴かせ合ったりしていましたね。そこには常にノッサンもいました。そんな廣石さんといくつものバンドで活動を共にした36年間。良くも悪くも色々な事がありました。バンド内での揉め事が少なくなった反面、本音でぶつかり合うこともなくなって来た気もします。それは僕らが大人になったからではないです。CKB結成の時点で既にアラフォーだったし。今、思えばお互いの意見や不満をもっとぶつけあえば良かったんですが、そう出来なかったことを謝りたいです。そして、ある時期「バンドなんてもうコリゴリ。作曲だけでいい!」なんて自暴自棄になっていた僕をヌルッとバンド実演の世界に引き戻してくれたのが組長でした。他にも色々ありますが、組長との思い出は一冊の本になるぐらいあるし、CKB各メンバーにも色々な想いがあると思いますのでこれぐらいにしておきます。斎場で眠る組長を見ながら心の中で「ごめんね、有り難う」と呟きました。天国で秀光さんとチャドに会ったらくれぐれも宜しくお願いします。組長にはブルーノ・マーズとレディ・ガガのduet「Die with Smile」を捧げます。安らかに。横山剣【Not Sponsored 記事】