虐待の犠牲になった子どもがまた出てしまいました。男児(5)が父親と叔父から暴行を受けたのです。その後、男児は死亡してしまいました。児童相談所は一時はこの家庭と連絡は取っていたものの、音信不通となっていたといいます。近所の住民から通報を受けながらも、児童相談所はそれ以上に踏み込めなかったのでしょうか。
なぜか、納得できないものがあります。事件の概要をみてみましょう。
埼玉県警は10月25日、男児(5)の頭を殴るなどしたとして、暴行の疑いで父親の無職吉田幸生容疑者(27)=同県春日部市増富=と、同居のアルバイト吉田武史容疑者(25)を逮捕しました。武史容疑者は男児の叔父にあたります。2人の容疑者は警察の調べに対して、「部屋の壁に落書きした」「騒がれうるさかった」などと供述しています。県警は日常的な虐待の有無など、傷害致死や保護責任者遺棄容疑でも調べることにしています。
響ちゃんは両容疑者と3人暮らし。直接の逮捕容疑は、幸生容疑者が8月14日と15日、武史容疑者が16日に、自宅マンションで幸生容疑者の長男響ちゃんの頭や顔を殴るなどした疑いです。死因は硬膜下血腫とみられています。体重は約10キロ。5歳児平均の半分ほどだったといいます。8月16日夜、幸生容疑者が「息をしていない」と119番していました。
市と児童相談所は10月25日に記者会見しました。2008年2月から定期的に自宅を訪問するなどしたが、発育に問題は見られず、10年3月に「虐待の危険性はない」と判断し、響ちゃんを要保護の対象から外したと説明しています。その後も市職員が訪れましたが、昨年12月から面会できなくなったといいます。
家庭内の子どもへの虐待はなかなか発見が難しいと言われています。まず、日常的に発見するには、保育園や幼稚園、学校などの子どもと接する現場の人たちが、注意深く見ている必要があります。響ちゃんの場合、5歳です。とすると、保育園に通っている可能性もある年齢ですが、入園はしていなかったようです。
となると、近所の大人たちの関心にかかってきます。今回のケースでは、近所の人が通報をしています。そのため、全くの無関心ではなかったということです。無関心によって、子どもが犠牲になることもありますが、今回は、関心があり、児童相談所ともつながっていたのです。
では、なぜ児童相談所がかかわっていたのに、子どもの犠牲を防げなかったのでしょう。
日常的な虐待があったのかが焦点になりますが、虐待というと、身体的な暴行がもっとも分かりやすく、不可解な傷があれば、可能性が高くなります。ただ、傷を発見するには、子どもと直接接することが必要。今回の場合、どのような接していたかはわかりませんが、児童相談所職員が家庭訪問に言っても、親が子どもに合わせてくれないこともあります。これでは傷を発見できず、親からの証言のみになってしまいます。これでは発見が困難となります。
今回のケースは、ネグレクト(養育放棄)もあったのではないか、と言われています。マンションの住民からは「大量のゴミが散乱していた」といった証言もあり、掃除もろくにしていない不潔な環境だった可能性も。体重は平均の半分だったことも考えると、栄養状態もよくないことが想像できます。こうしたネグレクトは家庭内のことですし、なかなか見つけにくいです。しかし、8月に警察の家宅捜索でゴミが大量に持ち出されていたことを考えると、問題視されてもよいケース。それにもかかわらず、一時保護という手続きには進みませんでした。
私が開設する電子掲示板や相談メールにも、虐待の相談が寄せられます。とても辛い体験を言葉(活字)にすること自体、とても勇気がいること。それだけでも一歩前に出た行為だと思います。
年齢としては中学生から30、40代の大人まで。その中でも、今まさに虐待を受けている悲鳴の声も寄せられます。ただ、周囲には信頼できる大人がいないといいます。そのため、虐待されていることを相談できないでいます。児童相談所に問い合わせても、動いてくれなかったという話も耳にします。
もちろん、児童相談所もそうした声を無視したくて無視しているわけではありません。職員数が絶対的に足りないことも一つの要因です。児童相談所の仕事は虐待対応だけではありません。子育て全般の悩みに対応しています。そして虐待となると、事実関係の調査に時間がかかり、専門性を問われる仕事になります。そのためには研修が必要となりますが、他の日常業務が多忙であるため、なかなか専門性を向上させることが難しい分野なのです。
また「親と対立をしたくない」という心理もあるようです。虐待があったとしても、最終的に「家族再統合」を目指す職員からすれば、虐待をする親は「加害者」だけでなく、「協力者」でもあるのです。最後には、適切な養育ができるような家族関係にすることが目標です。そのため、一時保護などの介入をすることで対立関係になってしまうことを避けている、という話を聞いたことがあります。
解決策としては、児童相談所の機能強化という視点があります。虐待対応ができるような職員を育て、他の機関(保育園や幼稚園、学校、保健所、教育委員会、弁護士会、警察)とも連携するのです。これは以前からも言われていますが、なかなか実現していません、だとすれば、児童虐待専門の部署を作るしかないのではないでしょうか。
虐待対応を児童相談所から切り離し、人員と予算をつぎ込むことが望ましいと考えます。
子どもの命を守り、また、適切な養育をするように親を指導する。そのためには「予算」という現実的な問題をクリアしなければなりません。そんな時代に生きていることを自覚する必要があるのでしょう。
[ライター 渋井哲也/生きづらさを抱える若者、ネットコミュニケーション、自殺問題などを取材 有料メルマガ「悩み、もがき。それでも...」(http://foomii.com/mobile/00022)を配信中]
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